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***  福祉大会、巨摩教会、伊豆長岡温泉と、ハードな4日間でした

 投稿者:井本克二  投稿日:2019年 2月21日(木)07時18分47秒
編集済
          ***** *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原はしっとりとした霧の朝を迎えました。

桂川べりにある青苔寺の明け六つの鐘が鳴りました。これまで氷点下の朝が続きまし

たが、昨日は日中は19度となりそろそろ春の到来です。「根雪」はありませんが、

「畑」が待っています。今日からいよいよ二つ目の小さな田圃(28平米)の造成を

始めます。一昨年迄の最初の小さな田圃(56平米)は深さ50センチ掘り下げたの

で溜池になっています。田圃には1シーズンに1000ミリの雨が必要ですので、水

をうまくつなげれば今年は再び田植えができます。二つ目の田圃になる予定地には、

今のところ白菜やネギやキャベツが生えていますが、間もなくそれを片付けて田圃に

します。傍にはニンニクが100株ほど順調に育っています。冬中、不織布で覆って

霜を防いできました。畑の隅には昨年集めた落ち葉が溜めてあるので2月18~19

日(月~火)の東海教区(静岡3分区、山梨1分区、長野2分区)農村伝道協議会で

聞いてきた「足踏み温床」という堆肥コーナーにするつもりです。竹と篠竹と藁で囲

いを作り、落ち葉と鶏糞に水をかけ混ぜ合わせるのだそうです。

 それにしても先週から今週にかけては朝早くから深夜までタイトな4日間でした。

2月16日(土)午後は上野原市社会福祉大会で老人クラブ(島田桂生会)の役員の

ひとりとして表彰され、そのまま甲府に向かい山梨分区農村伝道委員会に出席し帰宅

は午後11時でした。

 翌日2月17日(日)は「山梨分区聖日」ということで、16教会一斉の交換講壇

となり、上野原市という山梨県の東の外れに住む私は、西のはずれの富士川町の巨摩

教会の礼拝説教を担当しました。朝7時前に上野原から電車に乗り、甲府で身延線に

乗り替える間に駅構内のうどん屋で朝食を取り、市川大門駅で出迎えの車で10時に

巨摩教会に着きました。5年前に礼拝堂が新築されたとき献堂式に出席して以来3度

めの訪問です。最初の献堂式のときは午後だったので、市川大門駅から長い長い富士

川大橋を1時間歩いて渡りましたが、今回は朝だったのでその余裕はありませんでし

た。きれいな教会堂に15名ほどの出席者で、意外にも若い家族が複数いて小さい子

どもが何人も会堂内を走り回っていました。「神の言葉の変奏曲」と題し詩編119

編の11回連続説教(2017年12月~2018年2月)総集編のような説教をし

ました。礼拝後の愛餐会(昼食会)は一同の話が弾み大変楽しいひとときでした。初

めは無口だったある若い研究員は、終りごろ突然雄弁となり、私が語った「本当に自

分が良く理解していることは、どのレベルの人に対しても分かりやすく話せるもので

す」という言葉に触発されたのか、「教授には、君の言っていることは理解できない

と言われましたが、同僚にはとてもよく理解してもらいました」と語っていました。

 愛餐会後は、その教会役員と共に甲府駅近くの愛宕町教会で午後2時30分から開

催された山梨分区教会役員会に出席しました。分区内で活発な3教会(日下部教会、

愛宕町教会、八ケ岳伝道所)からの報告を聞いて後、5分団(各10名ほど)に分か

れて自由闊達な話し合いをしましたが、大変良かったと思いました。

 5時に閉会となり帰ろうとしたら、八ケ岳伝道所の牧師に「面白いところに案内し

ましょう」と言われて、甲府市内の「あまんじゃく」という怪しげな2階の店に連れ

込まれました。そこには先客もあり、演歌、浪曲がうなられたり、私もつられて得意

の漢詩の中国風詩吟「楓橋夜泊」を少し披露しました。おかげで帰宅はまた夜9時に

なってしまいました。

 翌日からは泊りがけで伊豆長岡温泉で開催された東海教区農村伝道協議会に一人で

参加しました。いつもは同乗する教会役員が所用で遅れて出席するとのことであり、

また、実行委員のひとりである私は受付開始1時間前の12時30分集合と言われて

いたので一人旅となりました。朝8時過ぎに上野原駅から電車に乗り、八王子、新横

浜に出て、新幹線で三島に向かい、伊豆長岡鉄道で伊豆長岡で下車し、駅前タクシー

で伊豆長岡温泉の小松屋八の坊というホテルに到着しました。委員は7名です。

 農伝委員会の紹介は山名郡内ジャーナル(上野原ラブリ通信)第875号(2月2

1日号)http://mitachi.life.coocan.jp をご覧ください。

2年任期の東海教区農村伝道専門委員7名のうち2名が転勤ということでお別れする

ことになりました。

 2月20日(水)午後1時30分から島田コミュニティセンターで島田桂生会の第

1回理事会がありました。5月の1泊旅行の協議が中心で、一昨年、昨年と、日光な

ど「山」が続いたので、今年は「海」となったわけです。

 今日の午後は山梨八代教会の80代の先輩牧師が上野原に来訪します。引退して退

屈なのか、よく電話をくださいます。明日の午前中は大月生活と健康を守る会の月例

会で猿橋に出かけます。今年は大月市内の諸問題について学ぶ予定です。

 それでは皆さんの上に、今日も主イエス・キリストの恵みが豊かにありますように

祈ります。

【写真上】農伝協議会委員長(静岡県中遠教会牧師)の開会礼拝説教

【写真中】発題者の一人、元農業試験場技師(長野県町教会員)

【写真下】三重県伊賀市からの発題者「ぐるり農園」の小山萌愛姉

   ***** 

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***  初めて山梨県庁を見学しました

 投稿者:井本克二  投稿日:2019年 2月11日(月)07時21分11秒
編集済
             *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原は曇り空の寒い朝を迎えています。

2月4日(月)は山梨分区教師会(17教会の牧師と山梨学院の宗教主任)の月

例会があり、甲府教会に出かけました。甲府駅には1時間前に着いたので、駅前

通りにある山梨県庁に入ってみました。いつもテレビのニュースで厳めしい建物

の正面をみていましたが、これまではその前を素通りしていただけでしたので、

中に入るのは今回初めてでした。本館会議場には入れませんでしたが、県庁の事

務所のある別館(以前はこちらが本館だったそうです)に入ると、古めかしい館

内を職員が忙しそうに走り回っていました。

  2階には山梨近代人物館という展示施設がありそこに入ってみました。第8

回の展示(2018年10月~2019年3月)ということで、入り口を通ると

導入展示室があり、県関係者50人の功績等を紹介するビデオ映像がつぎつぎと

放映されています。その奥は「甲州財閥 近代日本を駆け抜けた人々」として特

に著名な功労者9人の人物紹介パネルが展示されていました。その9人とは若尾

逸平、河西豊太郎、堀内良平(富士急行創設)、雨宮啓次郎、根津嘉一郎(県内

全小学校に寄付した「根津ピアノ」で有名)、小野金六(身延線建設)、小林一

三(阪急電鉄創業、宝塚歌劇団創立)、早川徳次(地下鉄の父)、栗原信近の人

物紹介室があり、その中央には国鉄中央線笹子トンネルの歴史も展示されていま

した。

 翌日2月5日(火)午後は名ヵ月ぶりかで分区教師有志の神学研究会に出席し

ました。ペリカン著の教理史「キリスト教の伝統」第1巻を読みながら討論しま

した。私は既に昨年12月までに全巻5冊を読み終えています。出席者は意外に

も5名ありました。この日、鎌倉の次女から電気パン焼き機が届きました。先週

ようやく昨年収穫の大麦(わずか)1キロの脱穀が終ったので、これから製粉機

(どんぐり牧場から借用)にかけ大麦パン(これだけ食べるとまずいので)を焼

きそれを水に溶かして発酵させビールのような飲み物を作る予定です。大麦の食

べ方はいろいろ工夫したのですがうまくいきませんでしたが、先日テレビでエチ

オピアで大麦の飲み物の作り方が紹介されていたのでやってみようと思ったわけ

です。

 2月7日(木)に薬をもらいに近くの長田クリニツクに出かけたところ、歩く

のもままならない高齢(後で聞けば97歳)の女性が来たので顔を見たところ、

大分前ですが、いつも県道を大きなかごを背負って畑を行き来していた方と分か

りました。その時は田代地区のお屋敷の庭で3人で酒まんじゅうなどを一緒に食

べたこともありました。

 2月8日(金)と9日(土)とつづけて電話相談があり、一人は20年前にも

教会に出入りしていた女性で、昨年末、大月の教会に来て人生相談と就職斡旋を

依頼されました。そして教会員経営のどんぐり牧場とグループホームを紹介しま

したが、その後、医師の勧めで富士吉田のグループホームに入所することになっ

たそうで安心しました。もう一人は国際的な芸術家ですが難病を抱えて生活がた

いへんな女性で時々電話がかかってきます。今回は、私が以前から温めていた市

内の老人クラブ仲間に呼びかけて「奨学金制度」を立ち上げる計画を話し、彼女

を高く評価する市老連元会長を中心に彼女の「後援会」を作ることにしました。

 今日の午後は大月新生教会で月1回開催される月曜礼拝に出かけます。その帰

りには梁川の自然学園高校(校長と生徒7名)とK兄宅に立ち寄り、2月17日

(日)の日曜礼拝案内のはがき(50枚ほど作成)をポスティングしてきます。

この日は山梨分区説教者が一斉に交代する「分区聖日」で、大月新生教会には今

村あづさ牧師(富士吉田教会)が来て説教を担当してくださり、わたしは富士川

町の巨摩教会の説教を担当します。

     *****

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***  上野原市老連機関誌「むろがや」の編集委員会に出席しました

 投稿者:井本克二  投稿日:2019年 2月 1日(金)06時49分39秒
編集済
               *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原は昨晩雪が降り始め、今朝は5センチほど

積もりました。とにかくこのところ雨がなく畑はからからに乾燥して、十数株の白菜は

どんどん干からびていましたので、やっとお湿りとなったわけです。

 昨日はかなり寒かったのですが、午前11時からの「むろがや」編集委員会に出席し

ました。すでに委員による原稿のワープロ打ち込みが終って最初の校正となりました。

1時間ほどして各委員は担当の原稿を持ち帰ってきちんと校正することになりました。

その帰り道に、十数年前に民生委員として担当していた桂生会メンバーH兄宅を訪問し

てその夫人に会いに行きました。前日の市老連所属の桂生会総会で兄から年賀状の欠礼

の報告を受け、てっきり母上の葬儀に気が付かなかったと思ったのですが、昨年6月の

葬儀には出ていたことが分かりました。そのことを忘れていたのです。このところ大月

新生教会のことばかりしていたので、島田地区を巡回することはほとんどしなくなった

ので、ついでに近くのK姉、I兄の郵便受けに上野原ラブリ通信や桂生会報をポスティ

ングしました。10年程前には電動自転車を走らせてあちらこちら飛び回っていた頃を

思い出しました。




http://

 

***  島田桂生会の会報第6号ができました

 投稿者:井本克二  投稿日:2019年 1月29日(火)06時42分11秒
編集済
           *****  *****

 全国の皆さん、新しい年も間もなく1か月が過ぎます。いかがお過ごしですか。

昨年までは、大月新生教会創立記念事業を目標にいろいろ努力しましたが、それが

終って目標を探していました。その答えが見つかったようです。

 地元で地域のセイフティネットとして地道な努力をしているS氏の事務所を先週

訪問しました。昨年のうちに月例会を見学したいと申し込んでいましたが1月26

日(土)午前中、電車で猿橋に行きました。そこに行くのは2度目ですが、案外駅

から遠く、寒い風が吹く国道20号の日かげの歩道をたっぷり15分歩きました。

以前は教会に置いている古い電動自転車で行ったのですが、数年前S氏から「県内

の早川町で車の免許がなく不自由している家庭がいるので寄付して欲しい」と言わ

れ協力しました。それで今回は徒歩となったわけです。

 彼の事務所は国道から外れた古い元飲食店を使っていました。間もなく一人また

一人とメンバーが集まり、結局10人になったのには驚きました。最近の活動報告

や今後の予定などかたっぷり2時間熱っぽく語られました。主に生活保護者の手助

けと行政に対する働きかけが話し合われましたが、私の教会としても何かしなけれ

ばと考えました。以前、神奈川の藤沢カトリツク教会に行ったとき、教会の掲示板

にはフィリピンの人々などの求職票・求人票がびっしり貼ってあり、プロテスタン

ト教会とは大違いであることを感じました。山梨の教会ではやたらと音楽会ばかり

盛んで、集会に出るたびに立派なチラシやポスターが配られていますが、しょせん

上品で暇な人が対象です。生活に追われる人が来ることはありません。私の教会で

は、毎週日曜夜はアルコール依存者グループ、火曜は覚せい剤依存者グループ、水

曜はギャンブル依存者グループに対してミーテイング会場を無料で貸していますが

教会自身も具体的な活動ができないかと考えてきました。どうやらS氏の活動に協

力することがその一つの答えとなりそうです。

 明日は上野原市老連加盟の島田桂生会総会が開催されます。私は会計担当役員で

すが、同時に広報活動も担当して「桂生会報」を年に3回、毎回100数十部を印

刷しています。今回は第6号です。私が10年前に老人クラブにグラウンドゴルフ

を導入しましたが、今では毎週2回、十数名が島田野球場で熱心に楽しそうに競技

をしています。私が出場することはほとんどなくなりましたが、いつも競技中の仲

間を横目で見ながら2台目の電動自転車を走らせています。

   *****

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***  新年を迎えてまた新しい友人関係ができました

 投稿者:井本克二  投稿日:2019年 1月21日(月)07時30分20秒
編集済
            *****  *****

 私にとって第一の人生は、2002年の定年まで勤務した茅ヶ崎の教員生活で、

第二の人生は上野原の民生委員などの地域活動でした。これで終わりと思ったら、

2012年から突然、大月の教会専任牧師という第三の人生が始まりました。そし

て昨年は大月新生教会創立90周年ということで7月に記念誌を発行し、11月に

は記念講演会を開催しましたので、今のところ新年の目標がまだありません。

 先週の金曜日は牧師仲間から声をかけられて山梨県北杜市長坂町の引退牧師を訪

問しました。私が30代のころ無資格でしたが東京目黒の教会に勤務していた頃、

その教会が所属するグループの牧師会に良く出席していました。今回訪問した先生

はそのころグループの若手幹部としてなかなか活躍していました。現在の私は70

代ですからその先生も80代になっていましたが、年齢を感じさせない才気煥発の

雰囲気を感じました。長坂の木立の中のペンション村のような所に立派な家があり

ました。引退したその先生は昨年から、私を先生宅に誘ってくれた60代の牧師の

教会の礼拝に出席し始めたそうです。話が弾んで3時間があっというまに過ぎまし

たが、40年前から知り合っている私たちの会話に、その牧師は同じように加わっ

てきたのには驚きました。キリスト教会の話でも先輩牧師の故郷の小諸の話でもよ

く知っていました。これからの山梨分区における交わりが楽しみになりました。そ

の日はふたりで甲府駅前の県立図書館に行き、その後、山梨ダルク支援会運営委員

会に出席しました。その牧師は支援会の副会長です。

 昨日1月20日(日)は大月新生教会の礼拝後すぐ中央線の特急に乗り、甲府に

向かいました。身延の峡南教会で旧約聖書の講演会を頼まれていたからです。駅を

出るとデパートの前にお迎えの車が来ていました。1時間ほどで教会に着き、1時

間あまり(40年前に書いた)研究論文「族長伝承の宗教史的断層」をもとに話し

ました。身延地区は山梨県の南のはずれですが、なぜか文化活動が盛んで、甲府の

テレビ放送ではいつも何かしら美術展とかフリーマーケットとかのお知らせがあり

ます。日曜の礼拝出席者は十数名ですが、午後2時からの講演会にも10名ほどの

出席者がありました。ほとんどが高齢者でしたが私のこむづかしい話を面白そうに

聞いてくれました。その中には30代40代の男性もいて、講演後のティータイム

でも積極的に発言してくれました。次回は3月17日(日)午後の予定ですが、ま

た出席してくれそうです。帰宅したのは午後7時30分でした。

 今日は午前11時の市老連所属島田桂生会メンバーの葬儀に列席します。80代

の元副会長で、会計の私が香典を届けることになっています。数年前、私はその老

人クラブの長老に呼び出されて副会長就任を打診されましたが、そのおりの一人で

す。このように、ひとりまたひとりといなくなるのは寂しいことですが、これまで

の楽しい思い出が沢山残っています。会計監査を受けることになっていますが、そ

の人も風邪で、監査は延び延びになっています。

 それでは今日も一日、皆さんの上に主イエス・キリストの恵みが豊かにあります

ように祈ります。

週刊「山梨郡内ジャーナル」http://mitachi.life.coocan.jp

     (上野原ラブリ通信)第871号2019年1月22日(火)の案内

1ページ 前日本キリスト教団総幹事・長崎哲夫牧師宅訪問記

2ページ 県立図書館内「やまなし県民文化祭総合展示」報告

3ページ 甲府駅前の武田信虎公(武田信玄公の父君)の銅像

4ページ 大月新生教会礼拝説教(音声)マタイによる福音書26章より
       1月13日「愛に応える人と裏切る人」33分
       1月20日「キリストの体と契約の血」20分

   *****


 

***  鎌倉の次女夫妻が年賀に来てくれました

 投稿者:井本克二  投稿日:2019年 1月11日(金)07時26分1秒
       *****  *****

 年賀の客としては東京に住む長男が大みそかから2泊、茅ヶ崎に住む長女一家が

1月2日から1泊してくれましたが、少し遅れて鎌倉に住む次女夫妻が1月8日に

来て1泊してくれました。鎌倉駅前の小町通りで観光客相手の小さな小さなお土産

屋をしています。場所柄、店を休むことは町内会から許されず、このところは茅ヶ

崎の姉に留守番を頼んで休みを取っています。結婚してから小町通りの道端の小屋

で7年間店を開いており、親としては冬の寒い中かわいそうだと思っていました。

けれども数年前コンビニの片隅の小さな店舗(間口は1間)に入れてもらうことが

できほつとしました。

 夕食(なぜかかつ丼)を挟んで4人でとりとめのないおしゃぺりをした翌日は、

市内のレストラン「スローライフ」で会食することにしました。わたしは3度目

ですが、相変わらず分かりにくい場所で、店を探しているうちに車2台はばらば

らとなり、二つの車の連絡を取ろうと私は市役所の裏の狭い道をぐるぐるまわり

ました。とちゅうの道路工事の誘導員2人とは2回ずつ顔を合わせてしまいまし

た。1時間後ようやく店に入り、少し立派なフランス料理を食べました。食後は

すぐ分かれて、次女夫妻は鎌倉へと帰りました。以前は3人の息子娘は正月に一

緒にきましたが、このところは別々に来ます。家が狭く、茅ヶ崎の孫娘も中学生

になったので、普段は冬の書斎にしている1階の6畳間の掘りごたつを畳んで布

団を3組敷きました。最後の次女夫妻が来るまで何日もあったので、私が勉強す

るためもう一度掘りごたつを組み立て、次女夫妻が来る直前にまたこたつを畳み

ました。

 その間、上野原市老人クラブ連合機関誌「むろがや」の9人の原稿のワープロ

打ち込みに励み、提出期限は1月11日(金)でしたが2日前の1月9日(水)

に提出できほっとしました。今月末の老人クラブ島田桂生会の会計報告をまとめ

て二人の会計監査に見てもらわなければならないので、少しがんばらなければな

りません。まあ、なにかと色々しごとはあるものです。3月になり暖かくなれば

溜池にした56平米の田圃の代わりに、その下段の野菜畑の一部に28平米の小

さな田圃を造成するつもりです。「春よ来い。早く来い」と思っています。

 それでは今年も皆さんの上に主イエス・キリストの恵みが豊かにありますよう

に祈ります。

       *****
 

*** 新年あけましておめでとうございます

 投稿者:井本克二  投稿日:2019年 1月 5日(土)07時54分37秒
編集済
     *****  *****

 2019年がはじまりましたが、全国の皆さんはどのようなお正月をお迎えだった

でしょうか。我が家は大晦日の午後、東京に住む息子がやって来て二晩泊まってくれ

ました。1月2日(水)午前中に息子が帰った後、夕方には長女一家がきて一晩泊ま

り、翌日も夕方までゆっくりしていきました。中学生の孫娘共々一家はずっと箱根駅

伝を見ていました。小学生の時から大学卒業までマラソンが好きだった息子の影響で

妻もランナー情報に詳しいせいもあるかもしれません。

 1月4日(金)からようやく普段の生活の戻り、午前中はブログのこの「書き込み

掲示板」のプリントアウトをして切り継ぎしてファイル兼用の大学ノート第231巻

(2018年10~12月用)に貼り付けました。全50ページが添付した切り抜き

などで膨れ上がりました。因みにこの大学ノートファイル第1巻は「糧」と題して東

京神学大学生だった1966年9月から始めていますから、もう53年前になります。

途中、図書分類法と簡易パソコンソフトBASIC のラインナンバーを併用してパソコ

ンに入力したこともありますが、入力がたいへん負担となるのでやめました。以後は

各ノートの目次をコピーしてファイルに閉じて検索しています。資料として大変便利

で昔の記憶を確かめるために現在でもよく参照しています。ノート第1巻「糧」の冒

頭は、その後きらいになりましたが、作家の曽野綾子の新聞切り抜き「いい文章を書

くには」が貼ってあります。また高校生の時の青年会の指導者、清水幹雄兄(当時、

ホテルニュー大谷のホテルマン)の送別の辞と、東京学生社会学科の指導者だった鈴

木健二兄(東大卒業後、銀行マンになりましたがすぐ退職して、その後は毎日新聞社

に入社して論説委員にもなりました)からの銀行決別の辞の葉書が添付されています。

また神学部4年生として関西の「はりま工業地帯教会連合」で1ヶ月間書き伝道実習

したメモを張ってあります。こうしたノート目次をコピーしただけのファイルも3冊

になりました。

 ついでに報告しますと、私の読書歴は1964年から記入を始めています。当時は明

治学院大学英文科を卒業して社会学科に編入して向学心に燃えていました。英文科時代

はキリスト教児童教育研究会に所属してほとんど勉強せずにクラブ活動に入れ込んでい

ました。その反動で、資本論などの社会科学関係の有名な本を猛烈に読み漁っていまし

た。きっかけはカール・マルクスが大英博物館で毎日100ページの読書をしていたと

知り、それに挑戦しようと思ったからです。けれどもどんなに努力しても、毎月平均し

てしまうと20~30ページにしかなりませんでした。それでも、以後60歳の定年ま

で毎月10冊の読書を目標にして、それをグラフにしては自分を励ましていました。

 香港日本人教会の牧師時代には年間100冊に迫り、1985年(44歳)には最高

記録の年間172冊(合計50,515ページ)を読破しています。2000年(59

歳)には157冊(合計57,663ページ)を読みました。

     *****
 

***  充実したクリスマス・シーズンが終わりました

 投稿者:井本克二  投稿日:2018年12月28日(金)07時21分34秒
編集済
        *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。今朝は久しぶりで氷点下の朝を迎えています。

今年の後半は大月新生教会創立90周年記念誌編集、記念講演会案内、そして新しい

試みのクリスマス・シーズンで気の抜けない日々でした。その合間には、畑仕事、草

刈り、側溝掃除などの力仕事もたくさんしました。上野原に転居して以来、健康管理

のため月間労働・運動時間を記録しています。毎日30分、毎月15時間を目標にし

ていますが2月以外はクリアしました。1月、5月、6月、8月、11月、12月は

月間20時間以上、4月と10月は30時間を越えました。

今年のクリスマス・シーズンは12月15日(土)午後の自然学園高校(西條隆繁

校長、大月市梁川)のクリスマス会から始まりました。ルカによる福音書1章のマリ

アの受胎告知から「新しい人生を受け入れる勇気」について話しました。その報告は

「山梨郡内ジャーナル」http://mitachi.life.coocan.jp の中の「上野原ラ

ブリ通信」第867号(12月18日発信)をご覧ください。

 12月23日(日)は大月新生教会のクリスマス礼拝があり、初狩に住む山梨英和

高校3年生が出席してくれました。

 12月24日(月・祝)は午後4時からJR中央線の大月駅前で初めてキャロリン

グ(クリスマスの賛美歌合唱)を実施しました。自然学園高校から10名、大月新生

教会からは4名の参加でした。どんぐり牧場の5名は教会の庭の小さなクリスマスツ

リーの電飾かざりつけでキャロリングには出られなかったことは残念でした。

 午後6時からの合同キャンドル・サービス(燭火礼拝)に出席のため来た大月福音

キリスト教会(大月市鳥沢)の方々6名と共に、5時30分から初めてツリー点灯式

を実施しました。

 12月25日(火)午後7時からは大月市真木のどんぐり牧場クリスマス聖会に出

席しました。笛吹市一宮の長男一家とその仲間たち、そして真木の芽生え作業所の次

男とその仲間たち、合計18名で短い礼拝後、にぎやかな夕食会で9時過ぎまで過し

ました。帰りは珍しく横山夫妻の車で上野原の自宅まで送ってもらいました。

 こうして私のクリスマス・シーズンは祝福されて終了しました。今日はいよいよ年

賀状を200枚ほど印刷して投函する日です。皆さんも、どうか良い正月をお迎えく

ださい。主イエス・キリストの恵みが豊かにありますように祈るものです。

【写真上】大月駅前のキャロリング風景

【写真中】大月新生教会の庭に小さなクリスマス・ツリーを置きました

【写真下】クリスマス礼拝前の礼拝堂

     *****

http://mitachi.life.coocan.jp

 

***中国歴史ドラマ「司馬懿」紹介のその2

 投稿者:井本克二  投稿日:2018年12月21日(金)09時46分4秒
編集済
             *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。今朝も寒い朝を迎えていますが、昨晩は草刈りで

疲れたので午後7時には寝てしまったこともあり、今朝は午前3時に起きて神学書を読

んでいました。8月に紹介した中国歴史ドラマ「司馬懿」(しばい)の2回目の紹介を

します。

        中国歴史ドラマ「三国志~司馬懿 軍師連盟~」


 2016年に制作されたこのドラマについては2018年8月1日発信の「上野原ラ

ブリ通信」第847号で紹介しましたが、現在も衛星放送WOWOWで毎週土曜午前1

1時から2話ずつ放映されています。第1部42話の主人公は「治世の能臣、乱世の奸

雄」とか「横槊の詩人」(文人の武将)と呼ばれる魏の曹操でしたが、第2部44話で

は、弟の曹植との熾烈な後継者争いで勝ち残った曹丕が主人公です。

 中国の歴史に自信のある私はこの私の知らないこのドラマの原作は誰かと不思議に思

っていましたが、どうやら中国の正史「二十四史」の一つである「晋書」(しんじょ)

が種本であるようです。インターネットで検索したところ、それまでは個人編集であっ

た正史「史記」「漢書」「三国志」を受け継いで、唐の太宗(李世民)の命により国家

事業(欽定史書)となり「晋書」以下が書かれ、以後、前王朝の歴史編纂は新正統王朝

の義務となりました。

 ところが「晋書」は以後の歴史家には評判は悪く「分量さえ多ければいい、資料収集

が広ければいい、という態度では、庶民を喜ばせることはできても、知識人にはばかに

されるだけだ」と劉知幾『史通』に言われています。また『旧唐書』の著者の劉コウか

らは「晋書は諸書を参考にして詳しく書かれているが、編集の史官には文士・歌詠みが

多く、デマや誤報、くだらないゴシップを喜んで書いているような程度の低い連中なの

で、広く異文を集め、ところどころ評論家ぶって美文を書こうとしているが真実を追求

していないので、学者からはひどくばかにされている」と酷評されています。つまり正

史ではありましたが、後世から現代にいたるまで「イエロージャーナリズム」のような

低い評価しか受けていません。けれども、だからこそこの中国歴史ドラマの種本として

は最適であったと私は納得しました。

 ところで、京劇の三国志(厳密には「三国演義」という小説)などでは劉備、関羽、

張飛に対する悪役とされる曹操は「横槊(おうさく)の詩人」とも呼ばれ戦争のさなか

にあっても槊(ほこ)を横たえ詩を作る武人であったことを以前から知っていました。

このドラマでも曹操はその教養を示しており、二人の息子の中でも詩作に優れる弟の曹

植を愛して自分の後継者にしようと画策しますが、兄の曹丕の参謀となった司馬懿(し

ばい)の命懸けのサポートで阻止されます。戦国時代であるにしても、兄と弟をけしか

けて争わせる父親、曹操の姿は醜いものです。周囲の一族・家臣からもその猜疑心の強

さ、残虐さが恐れられていました。三国志ならずとも確かに曹操は悪役にふさわしい存

在です。

 ドラマの主人公、司馬懿(懿という字は「よい、立派である」という意味です)は次

男ですが8人兄弟で最も優秀とされています。恐妻ながら武術家の妻と相思相愛で、古

代には珍しい家族第一主義者です。あるとき「月旦評」という人材品評会の場で曹植の

参謀でありその場を取り仕切る楊修と対等に議論して曹操にその才能を知られ、仕官を

強要されますが、自分の足を牛車に轢かせて折ってそれを辞退の理由にするほどの人で

す。しかしやがて息子の曹丕の高い志を知ってその参謀となり曹丕・司馬懿陣営を組み

曹植・楊修陣営に対抗していきます。

 宮廷には彼らを取り巻く様々の女性が登場しますが、私としては弟の曹植を愛する清

楚な甄フク(しんふく)に惹かれますが、彼女は曹操によってむりやり兄の曹丕の正妻

とされて悲劇は増幅していきます。漢詩が好きな私は曹植の「七歩之詩」と言う五言六

句の作品を知って同情したことがありますが、ドラマの曹植にはあまり好感が持てませ

んでした。兄曹丕との後継者争いに敗れた曹植が、獄中で曹丕から「お前が7歩あるく

うちに詩を一つ作ることができれば命だけは助けてやろう」と強要されたときの作品は

「豆とまめがらは元は同じものなのに、まだ豆は煮えないかと豆がらが鍋の下で燃え上

がるのはどうしてか」という内容でした。ドラマの画面では、拷問を受け血だらけの曹

植は、牢獄の鉄格子の外に立つ皇帝になった兄の曹丕によろよろと7歩あゆみ寄りなが

らこの詩を作っていました。

【写真上】中国歴史ドラマ「司馬懿」

【写真中】人材登用の「月旦評」で司馬懿は心ならずも曹操の目に留まってしまった

【写真中】恐妻家の司馬懿に曹操から押し付けられた側室、柏霊筠(はくれいいん)

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***  今朝の上野原は季節外れの大雨でした

 投稿者:井本克二  投稿日:2018年12月17日(月)09時50分33秒
編集済
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 全国の皆さん、お早うございます。今朝もまだ真っ暗の5時に起床しました。外の気温は

4度で昨日までの寒さはありませんでした。7時ころまで1階の書斎の掘りごたつで清書を

読んでいました。大月新生教会創立90周年を記念して購入した総皮特製の真新しい新共同

訳聖書を創世記から読み始めて今月はイザヤ書を読み進んでいます。紀元前8~4世紀に書

かれたイザヤ書は霊感に溢れていました。預言者イザヤはどうしてこのような文書を書く事

ができたのか不思議になるほどです。新約聖書のイエス・キリストは特にイザヤ書をよく読

んでいたようですが、うなづけます。彼はイザヤ書の預言を体現したものと思われます。

 明るくなってふと外を見たら、思いがけず大雨でした。道理で夜中も外から物音が聞こえ

ていたわけです。今日の予定は午後から隣接地の「築山」(違法ではありませんが土砂が運

びこまれ、高さ5メートルほどの小山になっています)の上は数年経ったので草が生い茂り

背の高いススキやセイタカアワダチソウも生えて朝日があまり当たらなくなったので「刈り

取って」との妻からの注文です。

 屋根からの雨水を受ける四角形と黄色い水槽が満杯になったので、溜池(田圃だったとこ

ろ)に流し込みました。ついでに鍬で1時間ほど溜池の底をひっかいて泥状にしました。代

掻きには早いのですが、溜池の水漏れ防止対策になると思ったからです。

【写真上】大雨の朝、水槽の水を流し込んで溜池の漏水防止対策

【写真中】午後草刈り予定の隣接地の「築山」

【写真下】渋谷の美竹教会時代の友人、成島信夫兄からの手書きクリスマスカード

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