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イラクを巡る構図に変化はない。(3)

 投稿者:能彦  投稿日:2003年 2月16日(日)21時02分30秒
  (3)
 以上のような各国政府、国連レベルの考えを頭において考えると、米英に追随しようとする日本政府の対応は、あながち批判するに当らないという気がする。

 まず、私は、他の国のことはさておき、イラクを念頭において考えた場合、無条件に戦争には反対という「反戦」の考えに与することはできない。
 私は今でも日本国憲法前文を諳んじて口にすることができるほど日本国憲法の平和主義を愛するが、しかし、この憲法の考えは国際協調を基調としたものである。この点からみると現実のイラクという国は警戒して観察するしかない。
 なぜなら、イラン・イラク戦争や湾岸戦争にみるまでもなく、現在のイラク・フセイン政権は、自ら他国に対して侵略戦争を仕掛けている唯一無二の国であり、しかも自国内の少数民族を圧迫する目的で彼らに生物化学兵器を実際に使用したことがある国である。
 もし、このような国が「反戦」という思想の保護対象となるなら、その対象となった国や地域はどういう思想で保護されるのであろうか。
 こう考えると、「反戦」の意味すら理解できなくなる。
 また、実際に、ベトナム戦争のときも「反戦」を唱え、「ベトナム人民の抵抗も停止せよというのか?」と批判を受けた政党もあったが、おそらく意図は「アメリカの戦争停止」のみ求めたかったのであろう。
 それは今日でも変わっていないと思うし、また、それならば、それではイラクの扱いがいかにも不明であろう。

 イラクはこのような国であるが、このような政権に対して、国際社会が国連を通じて何か政治的な対応を要求する場合、絶対平和・武力行使不可という原則を掲げて行うことは、最初から実効性を欠くものであることが明らかである。
 国際社会からのイラクへの要請も、外交という国際政治の作用であることに変りはない。そして政治は、宗教でも道徳でもない。基になる思考が宗教や道徳に支えられることはあるかもしれないが、そのもの自体ではないのである。
 まして国際政治となると、相互の信頼に基づく行動が前提である。交渉などによって約束したことの実現性が何によっても担保されないのなら、別に実効性が確保される道が必要となるのは論を待つまい。
 その実効性を確保する手段は武力の行使であり、このことは国際的な理解でさえある。もっとも、現に12年もの間、国際社会は愚弄されて続けてきたのであるが。。

 したがって、私の考えが正しければ、今、幾ら世界の反戦活動が高まっても、当面、イラクを巡って問題となるのは、現在の国際社会におけるる市民レベルの反戦行動ではなく、正に米英の早期攻撃が妥当か、独仏の査察継続が妥当かということでしかない。
 念のためであるが、この独仏の査察継続も、イラクの対応如何によっては当然武力行使が行われうるものである。
 
 そして、この二つの問の狭間に立たされたとき、私は残念ながら決め手となる情報を持たない一市民にしか過ぎないから、なんとも歯切れが悪くなるものの、米英の早期攻撃も独仏の査察継続案もあんまり違わないもののように思える。
 その理由は、今後の査察の効果に全く期待ができないからである。
 イラクの国土は日本の国土の1.2倍という広さを持つという。この広い国土に、国家的規模で周到に査察逃れの工作を施されたのなら、その摘発に何年を要するのか、そしてその間中、国際社会は、また愚弄され続けることになるのかと思うと、今後の国際テロの危険性などを考え、慄然とする。

 結論的なことを言えば、アメリカのイラク攻撃に関する日本政府の考えは未だ公表されたものではないが、しかし、これまでの国会における答弁などからみれば、アメリカの攻撃があれば直ちにこれを容認するものと思われる。
 そして、その根拠は、やはりイラクのフセイン政権の、これまでの対応からみると今後の査察継続から期待するところがない、というものであろう。

 私も同じように考える。
 独仏の査察継続案は、最終的な武力行使を留保して、できるだけ平和的に武装解除するというものであるが、それが可能ならばフセイン政権は長い期間を掛けずに実行できるはずである。
 それができないのは、武装解除と同時に強権政治を行ってきた自らの政権の基盤が崩れるからにほかならず、このことは独仏の査察継続が(仮に期間を定めたとしてもなし崩し的に)長期化することを意味するに留まらず、フセイン政権の長期化=武装解除の実現不能をもまた意味するものである。
 

イラクを巡る構図に変化はない。(4)

 投稿者:能彦  投稿日:2003年 2月16日(日)21時01分0秒
 
(2)補足

 このような考えを表明すると、反戦絶対を主張する人々からは、「武力行使に伴う善良なイラク国民の立場はどうなるか?」、という問いかけに出会う。
 これには、「まず、その国民が、国連を中心とする国際社会との協調を基本とする国づくりをするべきだ。」と答えたいが、そういう答えは現実的ではないという反論に出会うことになろう。
 そこで「では、イラクは何故大量破壊兵器を持ち、他国の侵略行為を行うのか?その対象となる他の世界の市民はどうして救われるのか?」という問でもって応ずることにしようと思う。

 

プロの面目躍如(ゴッホの絵)1

 投稿者:能彦  投稿日:2003年 2月11日(火)22時22分29秒
   今週の日曜の朝、作者不詳として最低予想価格1万円で競売に掛けられようとしていた一枚の絵
が、実はゴッホの作であることが分かって、一転6,600万円で落札したというニュースに接し
て驚いた。

 何も驚いたのは私だけではなく、そもそも日本中が驚いたからニュースになったのだが、私は実
は画商がどういう仕事をしていたのか良く分からなかったから、その仕事が多分杜撰だったのでは
ないかと思って驚いたのだった。

 しかし、その後新聞をよく読むうちにそうではないことを知って安心し、かつ感心した。
 報道を整理すると、この画を持っていたのは、画家の故中川一政氏で、中川画伯はゴッホに傾倒
していた画家であった。

 中川画伯は生前に次男の中川晴之助氏に「これはゴッホの絵らしい。」と話していたと言うが、
次男の方がこの絵を実際に初めてみたのは、昨年12月に画伯のコレクションを整理していた時だ
というから、そもそも画伯が実際に次男の方にその絵を示して話していたかどうかが疑問だ。

 因みに、中川画伯は平成3年に97歳で亡くなったというから、現在72歳で映像プロデューサ
ーの次男の方がこの絵を見たのはどんなに遅くみても11年か12年前のことである。この間、こ
のゴッホの絵は、他のコレクションと共に画伯のアトリエに逼塞していたことになる。

 次男の方は、この絵を含む168点のコレクションを整理してシンワアートオークションという
画商(?)に提供したわけだが、そうすると、推測するに「この中のどれかについて、『ゴッホの絵
らしい』と言われたものがある。」という程度にしか画商に伝えていないとしか考えられない。

 実際にはシンワアートオークションは、ゴッホの初期の作品と酷似した絵画があったために、昨
年暮れにオランダ・アムステルダムのゴッホ美術館に相談の上、1月にアムステルダムに渡り、こ
の絵を預けて調査を頼んだのだという。

 こうやって伝えられる経過を考えてみると、シンワアートオークションはおそらく次男の方から
の「ゴッホの絵」というヒントをもらっていたために、ゴッホの絵の初期カタログを調査したと考
えられる。これは通常のビジネスとしては、まあ普通に考えられることの様に思われる。

 しかし、コレクションの引渡しを受けたのはその月であり、同じくその暮れにゴッホ美術館に相
談し、引き続いて1月下旬に絵をゴッホ美術館に預けているのだから、案外迅速に対応しているの
ではないか。もっとも、2月上旬にオークションを予定しているところからすると、ここは評価が
分かれるかもしれないが、まあ、私は上等の対応なのではないかと思う。
 

プロの面目躍如(ゴッホの絵)2

 投稿者:能彦  投稿日:2003年 2月11日(火)22時20分52秒
 
 特に感心するのは、このシンワアートオークションという画商が、「もしかしてという期待はあ
ったが希望はほとんどなかった。」(同社・倉田陽一郎社長(37歳)なお、産経新聞による。)
にも拘らず、社員をオランダに出張させるという出費までしてビジネスマンとしての誠意を尽くし
ていることである。
 この「希望はほとんどもてなかった」話であり、元来は「作者不詳」として1万円で売りに出す
可能性の高い一枚の絵のために、こうまで誠意を尽くすというのは誠に見上げたものである。
 幸いにして、、いや、幸いだと思うべきだと考えるのだが、この絵は画廊経営者が6600万円
で落札した。落札した画商は、今日のNHKテレビのニュースによると、自分の画廊で一般公開す
るというが、それはそれで別に考えるとして、良い値段を付けてくれたものだと思う。
 この絵がゴッホの作品だと分かってから、専門家の間では数千万円という値が囁かれていてとい
うから、まあ、世間相場の価格ではある。
 しかし、それもこれも、いまこうして話題になるのは、結局はゴッホの絵かどうか、希望はなく
ても見極めようと心掛けた画商のプロフェッショナル意識があったればこそ、と思うのである。
 中川画伯のコレクション168点がどのくらいの価値のあるものか、芸術に疎い私はあんまり良
く分からない。しかし、このコレクション、作者不詳でも1万円なのだから、全部売れたと仮定し
てではあるが、最低でも168万円の価値はある。
 要らざる手間暇をかけ、余分なコストを費やして1万円で売る様な結果となることを現代の経営
者は歓迎するまい。
 こうした中で、顧客の信頼に応えて提供された作品の調査を全うしようとした倉田社長の意気は
いくら評価してもし過ぎることはない。

 日経ビジネス最新版(2月10日号)では、資生堂名誉会長福原義春氏はこう言っている。
「バブルに沸いた1990年代を『失われた10年』と嘆く向きもありますが、私は違うと思いま
す。虚栄の時代を経験した人々は『人間はお金だけでは幸せになれない』というごくまっとうな結
論にたどりつきました。」
 もしも、この若い社長が福原会長の気持ちと同じような考えで行動しているのなら、こんな嬉し
いことはないと思うのである。
 顧客に対するプロとは、かくありたい!と思う。
 

ネット・ホームレス考

 投稿者:能彦  投稿日:2003年 2月 2日(日)13時57分19秒
  先日のチャットでの会話の中で「ネット・ホームレス」という言葉があると教えられて「おや?」と思いました。

自分としては始めて聞く言葉だからです。それでちょっと調べてみましたのでご紹介します。
なんと、1990年代の半ばからあった言葉だというのですが、ちょっと関心がありませんでした。
この意味としては4つあるようです。

一つは、単純に「ネットワーカーの中でホームページを持っていない人」を示します。
私は_lessには消極的な意味があると思っているのですが、英語の文法的な意味としては無性格なのでしょうか、それとも消極的な意味合いがあるのでしょうか?

いずれにしても使い方としては単純な状態を示したり、ホームページを持っていない状態を嘆いたり、と色々です。

もっとも用例としてはそうでないものもあります。
例えば「現代は携帯電話が主流の時代であり、ホームページをもっていない方が当たり前である。」とネット・ホームレスを肯定しているのもあります。

二つは、一時的なホームページ喪失状態を表すときに使います。
例えば、無料サービスプロバイダにホームページを掲げていたが、何らかの理由(期限切れ・約款違反)でプロバイダに削除された状態です。
この場合は、ネット・ホームレスの状態を嘆いているところが大きいと言えます。

三つは、有害なあるいは無責任な存在として使っています。
用例としては「サイバー攻撃よりネット・ホームレスの襲撃がこわい。」「客層の悪いサイトは確かに存在し、悪い客層の人はほとんどネット・ホームレスです。」などです。

四つは、ネーミングです。「ネット・ホームレス第2回公演」とありましたからタレント集団(チーム)の名前でしょうか?
これは名前ですからコメントのしようがありません。

こうしてみると、ネット・ホームレスという言葉は一部を除いて全体的に消極的な評価として使われていると言ってよいと思いますが、その中でも一つめ・二つめと三つめは極端に違いますね。
前者はホームページを持たない状態をどちらかというと悲しむ、惜しむという程度の使い方かと思います(その意味ではどう使おうと社会的な影響はありません。)が、三つめは嫌われる存在となってしまっています。

どうもこれから考えると、「多くのホームページを持たない人のことを一からげにして『ネット・ホームレス』と呼ぶことには抵抗を感ずるなあ、、、。」というのが感想です。

言葉は事柄を識別するのに便利です。そこから新しい造語が出てくることは避けられませんし、おそらく有用なことが多いのでしょう。私などは、現役時代にそういう造語をたくさん作りましたから、尚更そう思います。
しかし、本質を衝く言葉ならまだしも、「ネット・ホームレス」という言葉はは深刻な社会問題である「ホームレス」の問題をネットの世界に持ち込んで、しかもホームページを持たない人を不快にする要素があると思います。
考えてみると、ホームページを持つ持たないはネットワーカーとして必須のことでも何でもないのですね。
ですから、ホームページを持つ人も持たない人も、「インターネット上の無責任な人・有害な人」という、少しでもそういう誤解を受けるような表現は慎んだ方が良いのではないかな、とつい考えさせられます。


 

ビデオ講義の感想

 投稿者:能彦  投稿日:2002年11月30日(土)23時58分55秒
   このところ、講師がいない場での講演や講義を聴くことが多くなった。「講師がいな
い場での講演や講義」って何だ、と質問を受けるのは百も承知だが、要するにビデオ講
義などのことである。でも、正式には何と言うのか分からないから、これでも状況を正
確に表現したつもりである。
 現実の講師はその場にいないが、テレビ・モニターやプロジェクターによって映し出
された画面上に講演者や講師が登場して話をすることである。
 
 これと似たものに、大きな会場において演壇上の講演者が話しているときに、彼の背
後に大きな画面があって、そこに講演者が映し出されるものがある。これだと現実の講
演者が小さく見えるのをカバーするだけから臨場感が損なわれることはない。
 だから、講演者がジョークを飛ばせば、それに即応して笑いもするし、講演者に質問
することが許されていれば、会場の質問者が難しい質問をした場合にも感心して聞くこ
とが出来る。

 しかし、私が取り上げようとしているのはこれとは違って、講演者や講師が全くその
場に居合わせない場合いのことである。例としてあげるならば、進学予備校など受験熟
のPR用カリキュラムを御覧になると良い。きっと読者の皆さんは「○月○日 ○○科
目 講師 ○○△△先生 (ビデオ講義)」と書いてるのを目にするに違いない。

 これも、一人か数人でビデオを見ている限りでは、テレビをみているのと一緒で、格
別特別なことをしているとも思わない。これはテレビ教育番組をみたり、やはりテレビ
で、ニュース解説を聞いているのと同じ感覚である。

 しかし、沢山の人が一同に会し、一人の人の講演や講義を聞くと言う場面では、何か
テレビを見ているのとは感覚が違うところがある。
 因みに、昨日は300人もの人が集まる場で「ビデオ講義」というのを聴いた。私の
属している自由業の業界が主催した研修会なのだが、まず、業界組織の担当者が10分
ほどビデオの内容について説明し、その後に舞台中央に設置したスクリーンにプロジェ
クタから講義の場が映し出される。
 状況から考えてみると、我々の研修の前にどこかで行われた研修の場で撮影されたビ
デオ画面である。
 映し出される最初から、まず講師の紹介が行われる。それが終わって講師の講義が始
まるのだが、聴講する我々の前にはちゃんとテキストがおいてある。だから、講師が「
では、テキストの何ページの図をみて下さい。」というと、聴講している我々がテキス
トを一斉に開くから、”ガサゴソ”という音が出る。
 講師がジョークを言うと、画面に映っている会場の中からの笑い声が起こり、それと
共に、聴講している我々の中からも笑い声が起こる。
 講師の顔は時々アップされるから、そこでは講師の顔もよく見え、何時間も聞いてい
ると、自然に親近感も湧いてくる。
 おそらく、この講師にどこか道で会えば、「先生、この前はありがとうございました
。」と挨拶をしたくなるかもしれない。

 しかし、講義を聴いている内に、私は何か空しくなった。
 確かに、高名な講師の話は分かりやすかったし、テキストも手元にあるからノートも
楽である。講師がジョークを言えばこちらも可笑しくなる。
 けれども、現実には我々の前には誰もいないのである。だから、説明の不備や講師の
明らかな間違いがあっても、それを指摘することもできない。そのことに気がつくと、
一遍にこの講義への意欲が薄れてしまった。

 一例をあげると、この講師の講義中に、講師がある事例の説明をしようとして、ホワ
イトボードに図解をはじめた。この事例は、ある裁判例の事例であって、その事例は、
講師のサブテキストとして配った配布物に詳細に記述されていた。そこでは、原告がX
として、被告がYとして書かれていた。
 ところが、このビデオの講師はどうしてかXとYとを取り違えて説明をはじめたので
ある。そして、それに気づかないでいるので、前の方の席に近かった私は思わず
「先生!」と手を上げて、「XとYが逆です。」と言いそうになった。

 こうしてみると、ビデオ研修なるものは、結局はまがい物である。この講師は、結局
のところ途中で説明に行き詰まり、「XとYをひっくり返して理解してください。」と
説明しなおしていたが、私はその場面で、つい、一人声を上げて失笑してしまっていた。

 

スランプ脱出の方法に楯突く(1)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年10月31日(木)01時01分20秒
  今月もまもなく終わりですが、「今日のZAKKAN」を休んでいました。
実は、今月は、急にニフテイの高齢者フォーラムであるFメロウの13番会議室
の句会であるメロウ句会の月当番を引き受けたものですから、なかなか「今日のZ
AKKAN」を書けないでおりました。
ただ、そこで、余興に表題の小文を8回にわたって書いていましたので、この文
を幸齢ネット版にまとめて掲載して、それでお詫びとさせていただきたいと思い
ます。


私が俳句をはじめたのは、そのFメロウ(FMELLOW)を知ってからです。
平成4年にFMELLOWに入会しても暫くは俳句の話題には無関心でした。
俳句をやってみようと思ったのは、平成7年頃に文芸の部屋で俳句の好きな方た
ちが自作の句などをアップしていた頃だと思います。

丁度その頃、職場でも俳句のサークルがあって、毎月定例の句会があるというこ
とを知ったものですから、FMELLOWと二本立てで俳句の勉強ができそうだ、
と思って、職場の俳句サークルに入りました。ですから今年でまだ7年というこ
とになります。

この7年の間に、俳句の本もかなりたくわえました。今、書棚を数えてみたら、
俳句雑誌、句集、歳時記を除いて50冊ほどになっていました。もっとも、本の
厚さは様々ですから、50冊あるといっても、そんなに質の高い本とはいえませ
ん。

今日は、その本を何冊か手にとって眺めたのですが、どうも今の私にピッタリと
くる話題のものがありません。ところが、雑誌に目をやりますと、その1冊が、
「スランプ脱出の4つの方法」とあります。
「そうそう、こういうことを読んでみたいんだよな、、、。」と思って取り上げ
てみましたが、、、なんだかちっとも自分にはしっくりきません。
そこで、ここに書いている内容に楯突くことにしました。(^_^)


「スランプ脱出4つの方法」を掲載している本は、毎日新聞社が発行している「
俳句あるふぁ」という雑誌です。中には購読しておられる方もあると思いますの
で念のために申しあげておきますが、私は別にこの雑誌が嫌いではありません。

私が取り上げるのは平成12年12月号で、この号には「虚子から汀子へ(「ホ
トトギス」の軌跡)」という特集が組まれているので、目敏く見つけて買ったも
のです。
なにしろ私は、稲畑汀子さんには恩義(?)があります。
むかーしのことですが、幾つかの職場俳句サークルが共同で稲畑さんを選者とし
てお招きした合同句会に出たことがあります。そのときに、私の句は(ここのメ
ロウ句会でも、自慢ではありませんが何回かあったんですが、、、)、提出した
5句が、互選では一句も選に入りませんでした。
でも、最後に稲畑汀子さんの選による特選3句、入選5句の発表があったときに、
なんと特選と入選に1句づつ入るという快挙(?)がありました。

 色白を夏手袋が引き立てて     能彦
 行きかけてふと振り返る未央柳   能彦

上がその句ですが、初心の頃は、よくそういう思ってもみないことが起こるんだ
そうですね。。。以後、私はこれに舞い上がってしまって精進を怠っているばか
りですが(;_;)、そういう経緯があるのでこの号を買っていたのです。

さて、この「スランプ脱出4つの方法」はどなたが書いたものか、署名がなくて
分かりません。また、その内容はそんなに変なものではありません。いや、むし
ろまっとうなものだと思います。

でも、私が「楯突く」などというタイトルにしたのは、どうも自分には今一つし
っくりとこないのです。
皆さんがお読みになって、結局は「なんだ、能彦のほうが変だよ。」ということ
になるかもしれませんが、でも、乗り出した船ですので、一応帆をきちんと張ろ
うと思います。

 

スランプ脱出の方法に楯突く(2)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年10月31日(木)01時00分19秒
  その4つの方法というのを先に挙げてみましょう。
(1)初心にたちかえって、もういちどやり直す。
(2)歳時記を読み、他人のいい句を鑑賞する。
(3)俳句から離れ、好きなことをして、新しいものを学ぶ。
(4)自由に旅をし、吟行の仲間に加わってみる。

いずれも、なんだかまっとうなことを言っていて、この4つの方法を見ただけで
は、格別楯突くことなど無いように思います。
でも、個別にみれば幾らでも楯突きたくなります。ただし、そうした個別にどう
のこうのという話は後でじっくりと申し上げます。

しかし、これらを全体的に通観してみても、やはり楯突きたくなります。それは、
「自分の場合は全部実行している。でも、スランプが繰り返し訪れるのは何故だ
。」という思いが消えないからです。

まず、この4つの方法は、全体としてみれば別に俳句ではなくとも、どんな趣味
や仕事にでも通用するような気がします。
初心に立ち返るのが大事だということは、どういうときでも必要なことです。
他人の句を参考にする、というのも「句」を作品に置き換えれば、どういう場面
でも言われることです。
「俳句から離れ」というのは、これもデジタル・コミユニケーションでの付き合
いに疲れた方にとっては「パソコンから離れ」という言葉で癒しを得るようにで
きると思います 
「自由に旅をし」というのも気分転換ですね。

こうやってみると、「まっとうだけれども、それ以上のものではない。」と思い
たくなります。

それでまず最初の「(1)初心にたちかえって、もういちどやり直す。」という項を見
てみましょう。ここでは「はじめて1年が過ぎたところで、俳句にいきづまったときは
どうしたらいいか。」という問になっています。
その答えは、「心配はいりません。この道は誰でも一度は必ず通るのです。」と始まっ
て、「壁にぶつかるということはあなたがもうひとつ上に上がるという、確かな証拠な
のですから、大いに自信をもってください。」と書いているのです。

そういえば、この特集記事の最初のところに次のような前書きがありました。
「スランプは、誰でも陥るものです。少しも焦る必要はありません。それはあなたが一
段階上がるための、一つのステップにすぎないのです。」
そして、「4つの方法」はスランプの4つの段階に応じたそれぞれの方法を提示した」
ものだとしてあります。

したがって、(1)は飽くまでも俳句をはじめて1年を過ぎた頃のスランプです。そう
すると、「この道は誰でも一度は必ず通る」というのは、いささか言い過ぎではないか
と思うし、科学的な合理性もないのに「1年」ということをいうのは正しいスランプの
脱出方法を提示しているとはいえないような気がします。
だって、こういうスランプを経験しないで、次の段階で(1年を過ぎてから)初めてス
ランプを経験したという人だって「必ず」いると思うのです。

この場合、「スランプ」って何だ、ということが重要ですが、この項によりますと「は
じめは俳句をつくることが面白くて楽しかったのに、この頃はすっかり興味がなくなっ
てしまいました。」とありますから、「作句に興味を失う。」ことを典型的なものとし
て捕らえています。
だとしたら、自分の経験を振り帰ってみると、1年くらいではそんな風に作句に興味を
失うことはなかった、と言えるのです。もう、毎月の俳句サークルも面白かったし、メ
ロウ句会にもきちんと投句していたのです。

ですから、ちょっとこの指摘は合わないように思います。

 

スランプ脱出の方法に楯突く(3)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年10月31日(木)00時59分12秒
  それでも、私がこの特集をとらえて、単純に「1年」という具体的な時間を特定した
ことを楯突くための口実としていると思われたならちょっと困ります。
それで、この特集では「1年」を過ぎたところでどうしてスランプになると考えてい
るかを説明しておきましょう。

この特集記事では、俳句をはじめたばかりの頃は何でも面白いので、貪欲に知識を吸
収しようとする、また、どんな俳句を詠んでもどんどん身となり、肉となってくる。
どうしてかというと、俳句をはじめたばかりの人は俳句の知識が全くなく、真っ白な
状態にあったからだとしています。
そして、1年を過ぎる頃になると、余りにも多くの俳句の知識を詰め込みすぎ、飽和
状態になってしまっている、また、知らず知らずのうちに、俳句についての固定観念
が頭の中に出来上がってしまっているからだ、としています。
これらのことから、1年を過ぎる頃になるとスランプになりやすく、これを改めるた
めに初心に戻るのが一番いいのだ、としているのです。

こう書かれると、「ま、それも一理あるかな。。。」ということになりそうです。
でも、よく考えてみますとどこかおかしいですね。どこがおかしいかというと、これ
はスランプという状態が「作句に興味をなくした状態」であるのに、このことを無視
してしまって、スランプが起こるのは(1年くらいの)短期間で俳句の知識を詰め込
みすぎたから、あるいは固定観念を作り上げてしまったからだ、と説明していること
にあります。

でも、俳句の知識を詰め込み、あるいは固定観念を作り上げてしまえば作句に興味を
なくすものなのかどうか、、、、そういう人が多いということが言えるのか、どうも
疑問です。ですからここからが一方的なきめつけになっている様に思います。
そもそも、作句に興味をなくすことばかりがスランプだとは思いませんが、この項で
はそれが前提になっていますからそれに従ったとしても、作句に興味をなくした人が
皆、こういうように知識の詰め込みとか固定観念を形成したものだとは到底思えない
のです。

そして、ここで「初心にかえれ」というのは、俳句をはじめようとした原点にたてと
いうのですが、このままでは舌足らずであり、結局意味するところは俳句の知識を取
り去ってしまえ、ということになり兼ねません。
しかし、作句に興味をなくした人に、また最初からはじめなさい、ということは、ま
た同じことを繰り返しなさい、とでも言っているようで、こんな不親切なことは無い
と思いたくなるのがほんとうの気持ちです。
 スランプの状態にある人に、「お前が悪い。」と言うような解説は止めて、もっと
、俳句の魅力、俳句の妙味、作者の詩情の引き出し方について説明してあげるという
ことが必要ではないかと思います。






 

スランプ脱出の方法に楯突く(4)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年10月31日(木)00時57分53秒
  ところで「スランプ脱出の4つの方法」の二つめは「(2)歳時記を読み、他人のいい
句を鑑賞する。」でした。
ここでは「二度目のスランプ」という設定です。「自分の句がすべてつまらなくみえる
。満足のいく句が得られないので困惑している。」そういう状態についてアドバイスし
ようとしています。

そして、その答えが、「あなたは2度目のスランプを迎えている。俳句はできているの
にその作品では自分が納得しなくなった。」「ということはもっと上の、品と質のいい
俳句を目指している。」ことであり、これは進歩の証です、と、まず力づけています。
その上で、こういうときは自分の俳句にばかりこだわることなく、他人の俳句に目を移
してみるのがいいかもしれない、としています。
ここで「他人の俳句」というのは広い言い方で、文中では、この中に、歳時記をペラペ
ラめくるとか、解説に目を通すとか、気に入った句に注目することを含んでいます。こ
うすることにより、「ふと自分の気持ちがふっきれて楽になることがあります。」とし
ています。

まあ、スランプだと言っている人に、それはスランプではない、進歩の証だというので
すから、なにやら弁証法の説明を聞いているような気がしてなりません。このあとで解
決の指針を示していますが、それは実作と鑑賞は密接な関係にあるということを話して
いる訳です。それはまあ、俳句上達の方法としては確かに大事なことではあるとしても

だからといって、スランプをスランプでないと言うのは、決してスランプから脱却させ
る方法ではないでしょう。

私は、どうも2度目のスランプを迎えているだとか、もっと上の俳句を目指しているこ
とだ、というような言いかたは、そもそも「スランプ必然論」と「スランプ不存在論」
とが奇妙な同居をしていることであって、スランプだと言う俳句愛好者の立場に立って
いないという気がします。
ここでも、俳句におけるスランプとは何か、ということが把握されていないことからく
る謬論が展開されているように思われてなりません。


もう、皆さんは「スランプ脱出の4つの方法」というのが、どういう場合に即応したも
のかということがお分かりだと思います。そしてまた、私が何に楯突いているのかお分
かりだと思います。

「スランプ脱出の4つの方法」は、まず、スランプの生じる「段階」を4つに区分し、
これに照応させたものとなっています。そして、私は、その「段階」ごとのスランプの
設定そのものと、段階ごとの対処方法がおかしいと思っているところです。


スランプ脱出の4つの方法の3つめである「俳句から離れ、好きなことをして、新しい
ものを学ぶ」も、今までのものの延長でしかありません。ここでは、スランプが「パッ
タリと俳句ができなくなってしまった。」「周囲の人、いろいろな俳人達が作っている
全ての俳句がつまらない。」「すっぱりと俳句をやめようと思うがまだ未練がある。」
こういう状態であると設定しています。

そして、この(3)の項目では、これに対処する方法の前に、「あなたは、もうどこか
の俳句雑誌に所属していますね。」「そしてかなり本格的に、俳句を目指している人だ
と思います。」として、ここでもスランプになった人とその状態をを規定してしまって
いるのです。
その上での解決策、、、脱出策が、上述の「俳句から離れなさい。」であり、その理由
として、あなたはかなりのところまで来てしまったから、ということをあげているので
す。

俳句だけにこだわりをもたず、ひろい目でものを見るようにしましょう、というこの解
決策の言うところは分からないでもありません。でも、それが「俳句雑誌に所属してい
る。」ときめつけ、「かなり本格的に俳句を目指している人だ」ときめつけてかかる意
味とその必要性がどういうところにあるのでしょうか?

別に、私は、このメロウ句会の月当番として、皆さんにイヤーナ感じの話をしたいとは
思いません。ですから、次回に4つめのステップに簡単に触れ、そして最後に「私だっ
たらこうしたい。」ということを、これも簡単に述べて終わりたいと思います。
でも、今回の3つめの方法でどうしても納得がいかないのは、「スランプ」というもの
を狭く狭く規定して、その上で俳句から離れなさいとする突き放した方策です。私には
「無責任だなあ」と思わずにはいられません。
 

スランプ脱出の方法に楯突く(5)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年10月31日(木)00時56分10秒
 
「スランプ脱出の4つの方法」の4番目は、私にいわせれば大変贅沢なスランプの場合
で、そもそもこれがスランプというのかどうか疑います。
しかし、いきなりそう書いてもお分かりいただけないことですから、その「スランプ」
状態がどういうものか簡単に記して見ます。

「自分の俳句には、誰にも負けない個性を持った、独自の世界がある。そう、自信を持
って作ってきたのですが、どうもここへ来て少し自信がぐらついてきたような気がしま
す。」
これが4番目の「スランプ」状態です。
そして、これに対するアドバイスが「俳句はむかしから座の文学(共同体の文学)とし
て育ってきた長い歴史がある。」とし、「あなた」はそのことを忘れてしまっているが
それではいけない、もっと周囲と対話しながら、「あなた」のいいところを評価しても
らった方がいい。そのためには旅に出ていろんな土地を訪ね、多くの人と交わるのがい
い、それがめんどうくさかったら周囲の俳句仲間と近くに吟行に出かけるのがいい、と
しています。

 要するに、俳句の本質に思いを致し、それに向けて旅をしなさいというわけです。
 これは、引用した悩みを持つ人には間違ったアドバイスだと思いません。なにしろ、
この人は俳句を独自の世界だと思っているのですから、そこを違うと指摘するのは正し
いことです。

 しかし、それが「スランプ」だということになるのか、最初に述べたように大いに疑
問です。この人は俳句でないものを俳句だと信じていたのですから、いうなれば道を迷
いかけていたのです。ですからスランプという範疇でとらえることがおかしいのです。
 ただし、こういう悩みもスランプだというならば、それも良いでしょう。
 けれどもそうなると「スランプです。」と苦衷を述べている人に、「俳句は座の文学
であるのにあなたはそのことを忘れている。」と指摘することは、「あなたはスランプ
だというが、そもそも俳句というものを忘れているんだ。」ということになります。で
すから、「あなたはスランプだと思っているが、もともとスランプなのではない。」と
いうのと同じことになるのです。

こうみてくると、この「4つの方法」で取り上げているスランプとは一体何かというこ
とがやはりはっきりしていないから、結局何を言っているのか分からないし、そして、
スランプの人には「いったん俳句から離れなさい。」という無責任なことをアドバイス
しているのだと思います。


 最後になりますが、俳句の場合のスランプというのがどういう場合か、まだまだ初心
者である私にはわかりません。
 しかし俳句を作れない、作る気にならない、作っても良い出来栄えだと思わない、俳
句を見てもらった人に評価されない、そんな状態は間違いなくスランプだろうと思いま
す。そしてそういう状態は、「4つの方法」で言っているような特定の場合に起こるの
ではなく、どういう状態の場合でも起こりうるのだと思います。
 そういう場合にどうすればスランプを脱することができるかというと、その逆の状態
になれば良いのですから、詠みたい状態を作る、胸のうちに沸き起こる詩情を言葉で表
現するための訓練をする、俳句が自分に必要なものかどうか検証する、これしかないだ
ろうと思います。出来栄えはそれに伴って生じるだろうと思います。
 しかし、人に評価されるかどうかは気にしないことではないかと思います。評価され
れば、それは嬉しいことですが、それでも自然を感ずることに共感者がいるという幸福
感をもち、そのことに感謝の気持ちを表せばいいのだと思います。
 何となれば俳諧の時代はいざ知らず、俳句は短詩であり、詩情があってこそ生まれる
ものです。沸き起こる感情を詩として表現する、そこにこそ俳句の楽しみがあると思い
ますから。

 

きっとある筈(一)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月26日(木)18時35分4秒
  (一)
 前回、「三連休の弁明」で、テレビドラマ「バンド・オブ・ブラザーズ」のことを取
り上げた。実際のところは、前回も、「今日、これから書くこと」を書くつもりであっ
た。だから、「弁明」などというマイナーなタイトルではなく、「人の一生の顕彰方法
」とでもいうような壮大なテーマになるはずであった。
 でも、実際のところは、あの日はもう午前零時になろうとしていたし、我が身は、と
もかく健康に留意しなければならなくなった身の上であるし、更にまた翌日も事務所で
の仕事が控えている身であったから、そういう「壮大な」テーマに取り組むことは取り
あえず諦めた。
 
 それで、それまで書き継いだことを読みなおしてみると、どうしても三日間遊んでい
たことの弁明にしかならない。その結果が「、、、の弁明」というタイトルになった次
第である。
 これが著述業に専念している身ならば、たとえ徹夜したとしてもそのまま執筆に邁進
し、思ったことを思ったように書いていることができるのであろうが、まことにプロで
はない人間の著述というのははかばかしくないものである。

 ま、こんな風に前置きが長いとまた焦点がぼやけてくる。そこで、きちっと書くこと
にするが、まず、「バンド・オブ・ブラザーズ」はスピルバーグやトム・ハンクスが共
同で制作に当った超大作のテレビドラマである。制作費に150億円を要したというか
ら、それだけでも凄い。果たせるかな臨場感あふれるシーンの連続であった。ドラマは
全編で10話であるが、一話が一時間前後である。つまり、一時間のドラマに平均15
億円の巨費を投じられたことになる。
 内容はというと、前回も書いたが、第二次大戦中のアメリカ合衆国第101空挺師団
第506空挺歩兵連隊「E中隊」の兵士達の過酷な戦いの記録である。

 「戦い」というと戦闘場面ばかりのようだが、ドラマをみるとそうではないことが分
かる。

 訓練の厳しさ、これも戦いである。戦闘は激烈なシーンばかり続き、その激しさは決
して戦争を賛美するものではない。
 戦闘を指揮する将校の資質、これも兵や下士官の目に曝され、指揮するものにとって
の戦いでもある。それは指揮官の資質が自分達や中隊の存亡に直接関わるからである。
例をあげると、ある下士官が大隊幹部に、「あの中尉の指揮では中隊が全滅します。」
と公言する場面があるが、果たしてその危機が現実のものとなり、中尉が戦闘で判断能
力を失ってしまって中隊壊滅の危機に遭遇するという場面もある。
 優秀な下士官や将校も戦闘の激しさにショックを受け、人格が変わってしまうという
場面もある。雪に覆われた森の中で繰り返される死闘もある。
 そして、第九話では、「労働キャンプ」の名の下に行なわれたナチによる強制収容所
の発見という衝撃的な場面がある。特に、そういうキャンプの存在など知らなかった地
元の町の人たちを動員して、彼らに犠牲者の遺骸の整理をさせたり埋葬させたりする光
景は、正に隠微な戦いといえる。
 最後には、ドイツとの戦闘が終わっても、日本が依然として戦いつづけるため、いず
れ沖縄戦線に再投入されるかもしれないという中隊全体の不安も内面の戦いを描いたも
のである。

 これらのドラマが12時間にわたって放送されているのであるから、私が実際に見た
のは10時間であったが、迫力に圧倒され、感動に涙しながらみていると時間はあっと
いう間のことであった。

 

きっとある筈(二)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月26日(木)18時34分0秒
  (二)
 しかし、私がこのドラマをみた後に抱いたことは、実はこのドラマの内容に直接関係
することではない。
 このドラマの各回の冒頭には数人の老人が登場する。私は「老人」という言葉はあま
り使わないし、これからも使いたくないと思っている。その理由はまた話しが横道に逸
れないようにするために今回は触れない。しかし、この番組ではナレーターが「この番
組の冒頭に登場した老人達は」と表現していたし、実際に老人と呼んでも違和感のない
人達であったから、私もこの用語を用いている。
 この老人達は、ドラマの主人公でもあるE中隊の生き残りの人達である。このE中隊
は過酷な戦闘に従事したので、消耗もまた激しかった。中隊の当初のメンバーは100
人ほどいたのではないかと思うが、負傷・死亡で、戦争終結時には半数もいなかった。
 老人達は、その中の生き残りであり、かつ戦後半世紀を越えてなお生存している人達
である。E中隊のシンボル的な存在である2代目の隊長・ウインターズ大尉は、やがて
功績を認められて大隊副隊長となり、少佐としてE中隊を後見するが、そのウインター
ズ少佐も登場している。
 彼をはじめとする老人達は、その後職業軍人になった者もいるが大半は民間人として
さまざまな変遷を重ねる。そのことはドラマで描かれることなく、ナレーターが各人に
ついて説明しただけであるが、彼らは戦争を過去のものとして振り返るものの、E中隊
で過ごした経験、特に中隊の中で生じ、育んだ信頼関係については誇らしげに語ってい
る。

 私が感じたことは、E中隊の彼らは、このドラマを通じて、個人としても確実に歴史
にその名を留めた、ということである。そのことに彼ら自身が気付いているとか、満足
しているとかに関わりなく、私自身は彼らを幸せだったと思う。
 ドラマの中でも語られたが、E中隊が、雪の降りしきるバストーニュの森の中で激烈
な戦闘を通じているときにでも、祖国やパリなどの非戦闘地では、人々は、夜も華やか
な装いに身を凝らして歓楽に耽っていた人達がいた。そういう人達に比べて、激烈な戦
闘に従事するE中隊の彼らが幸せであると言うのはおかしいと感じられるかもしれない。
しかし、どういう世界の人々でも、その人達の多くは歴史の流れの中で、時間の経過と
共に忘れ去られるのが大方の運命である。
 歴史の中で忘れ去られても、愛する人や近親者の心の中に生きていれば十分であると
考えている人は多いと思うし、それはまた一つの考えでもあると思う。
 けれども、どういう世界の人々でも、何某かの僅かな力であっても、大きな歴史の流
れではあるかもしればいが、その中で、大方は確かにそれを動かした人ばかりではない
だろうか。
 そういう人達が、その大きな仕事をなし終えたり、その生命を閉じたりしたときに、
「歴史の中の小さな事」として、やがて忘れ去られるはおかしなことと思う。
「幸いにして」この老人達は、巨大な制作費と若かりし日の彼らに扮した俳優の好演で
多くの人達に鮮烈な感動を与えた。これは幸せなことだったと思うのである。
 人は、生きてきた証を、この人の世の中にいつまでも記憶され、特に、何らかの業績
を上げた人であればその業績と共に後世に顕彰されてこそ当然であると思う。


 

きっとある筈(三)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月26日(木)18時32分56秒
  (三)
 では顕彰の方法としてはどのようなことがあるのだろうか。
 宗教が顕彰の方法であるとはついぞ考えたことはないが、もしかしたら神として祀る
のもその方法なのかもしれない。豊臣秀吉を祭る豊国神社や徳川家康を大権現とする日
光東照宮などはおそらくそういう発想なのだろう。しかし、それは政治的権力者の後継
者が自らの権威を誇示するという目的もあったことだろう。そして、そう言う権力を持
たない庶民・普通の市民には縁もゆかりもない話しである。
 軍国主義の時代には、忠魂碑がその代表であったかもしれないし、現代においても様
々な記念碑、銅像の類がみられる。墓誌もそうかと思ったこともあるが、これは故人の
生命がかつてこの世に存在したことを示すに留まるから私の意図するものとは違う。

 現代の普通の市民にとって、そしてこれからの市民にとっては、こういう顕彰の方法
は多様なものが考えられるのではなかろうか?
 一番先に思いつくのは、自分史の制作である。
 こういうと、「顕彰とは顕著な事績を本人以外の主体が表彰することであるから、自
分史の制作はこれに当らない。」という意見がありそうである。
 しかし、そう堅苦しく考えることもない。もともと、顕彰とは隠れていることを明か
に表わすというのが本来の意味である。自分のこれまでの生きてきた過程・事績を明ら
かにすることこそ顕彰であると思う。
 しかし、自分史と言うのは、言うは易くとも現実には難しい。この難しさを今ここで
語ることはしないが、この難しさがある故に、デジタルの世界では簡略化した自分史の
作り方に関するアイデアがかなり出まわっている。
 10年日記とか、何十年日記とか言うのもその類である。

 いずれも、資料を整理する時間と能力をもち、一定の根気をもって長期的に書き進め
るという作業に耐えられるならば大いに推奨したいものであるが、果たして、誰にでも
できるというものかというと、かなりの疑問を持つ。

 
 

きっとある筈(四)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月26日(木)18時31分47秒
  (四)
 こう書き進んでくると、ようやく自分で何をなすべきかが見えてくるような気がする。

 私が、「自分が退職後に進むべき道はこれだ。」と思ってから早くも12年経った。
 この間に、高齢者パソコン通信フォーラムであるFMELLOW(エフ・メロウ)に
深く関わり、その後少数の理解ある人々の援助を得て、これをメロウ・ソサエテイ・フォ
ーラムから自立させることに成功した。その後、この自立したFMELLOWの存立基
盤を確かにするため、NPO法人としてのある倶楽部を作ろうと努力したが、これは紆
余曲折を経て挫折した。
 しかし、そのことが私のなそうとした全部ではないから、それで私の思いが終わった
わけではない。そして、その後は幾分回り道したが、私のモットーである「汝なさんと
して見出せしことは力を尽くしてこれをなせ」に背くわけには行かない。

 特に思うのは、多くの高齢世代の方は、それぞれに大きな歴史的試練を経てきている
ということである。これは「経てきている筈である。」などと遠慮して書くことではな
い。「歴史的」という言葉を政治とか、経済とか、大きな社会的事件に限定することも
ない。そうであるならば、この私でさえ、そうした経験はいくつもある。
 したがって、ある人が、これまで輝かしい経歴を経てきた人であるか、そうでない人
であるか、そういう相対的な評価を基準にした判断は一切捨象していかなければならな
いと思う。
 そして、高齢世代といわれる世代に属する一人ひとりの方が、それぞれに歩んできた
道を、まだ人生の途上にあるその道の中で自分を積極的に評価してみることが必要なの
だと思う。
 それも、できるだけ負担のかからない、簡単な方法で実現していかなければならない
と思う。
 一つのドラマをみて感動し、それに触発されて何かを考えることになったが、かとい
ってそのために150億円もの巨費を準備することもない。もとよりそんな資金のある
はずもないが、何よりももっと単純に、そして社会的に顕彰する、その方法を探ること
にしたい。

 

3連休の弁明

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月23日(月)23時57分49秒
   今日は3連休の終わりである。明日からまた忙しいし、この3連休で仕上げておかな
ければならなかった原稿も幾つかあった。でも、結局のところ、予定はうまくこなせな
かった。
 休み中に片付けようと思ったことは、あれもあるし、これもあるし、昨年から片付け
ていないこともある。それやこれや考えると、どうも時間の使い方を間違っているのか
もしれない。
 いつだったか、親しい人が事務所を訪ねてくれたときに、思わず
「時間が足りない。一日40時間ほど欲しい!」
ということを口にしてしまった。相手の方はその口調の激しさに呆れたのか
「じゃあ、私の時間を上げましょうか?」
と受け流してくれたので、これは酷いことを言ったと反省した。

 そんな風に「時間が足りない。」と言っておきながら、現実の私の行動はこれと反し
た行動をとっている。
 こんなことを、私の原稿を待っている業界紙の方が読んだら怒るのかもしれないが、
今日一日は、クルマの運転とテレビ・ドラマの視聴で暮れてしまった。

 午前中は、家族の一人とその友人を成田空港まで送る用事があって、午前8時半に家
を出て正午に家に帰り着いた。
 この辺りは業界紙の方も勘弁してくれるかもしれない。
 しかし、昼食の少し前から見始めたWOWOWのチャンネルの番組、「バンド・オブ
・ブラザーズ」に熱中して視聴したことは勘弁してくれないかもしれない。

 この番組は、内容は第二次大戦中のアメリカ合衆国第101空挺師団第506空挺歩
兵連隊「E中隊」の兵士達の過酷な運命を描いたものだ。
 その詳細な感想は、また別の機会に譲るとするが、何しろ全10話を午前9時から午
後8時50分まで一挙放送するという、大変な長時間の番組である。
 私は、この番組を最初の2時間ほどは見ることができなかったが、第3話から最後ま
で片時も部屋を離れずに見ていた。それほど普通の戦争ドラマとは違った感動的なもの
であった。

 そして見終わった後、不思議な満足感に支配された。
 この満足感は、一つには感動的な長時間ドラマを、じっくりと見てよかった、という
充実感がある。しかし、それだけではない。やはり自分を縛るものから解放されたとい
う気持ちも幾分かあった。
 現に、ドラマが終わったのは午後9時前だが、しかし、その後は優勝を目前にした贔
屓のプロ野球チーム、ジャイアンツとタイガースの試合には目をくれず、数通のメール
に長い返事を書き、そして間もなく午前零時になろうとするこの時間に「今日のZAKK
AN」を書いている。
 言うなれば、私にとってはストレスから解放されて、またネット活動に向きあってい
るということなのである。

 こうしてみると、私は時間の使い方を間違っているのかもしれないが、しかしまた、
機械ではないから予定とは違った行動をとる衝動に駆られ、その衝動欲を満たせば、そ
れでまた新たな意欲を掻きたてることができているのでもある。
 約束を破るのは良くはない。
 これはまた、業界紙の人に率直に謝らなければならないが、けれども、このドラマが
新たな創作意欲、執筆意欲を奮い立たせてくれるならば、それは私にとっても、また相
手にも良いことのような気がする。
 もっとも、相手方にとって、約束を守る別な書き手は沢山いる、、、ということにな
ると、それはまたそれで話が違ってくるが。。。


 

触りたい「神様」(上)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月19日(木)21時13分49秒
   今日ではありません、昨日の朝のことです。いつもの通り東急東横線学芸大学駅に着
きました。
 もっとも、いつもと違うことがあります。昨日は家を出て水車橋の停留所近くに差し
かかったときに後ろを振り返りました。すると、運良くバスが向かって来るのがみえま
した。それで、このバスに乗ったので、学芸大学駅には東口商店街を通って来ました。

 ここで、学芸大学駅の「東口」であることを強調しなければならない理由があるかと
いうと、私と読者の方はほんとうはどうでもよいことです。でも、もしこの文章を商店
街の方や駅の人が読むと、「商店街の信用に関わる。それは東口なのか西口なのか、は
っきりして欲しい。」と注文をつけられるかもしれません。それで敢えて「東口」と書
いておきます。

 そこで、駅の改札口に向かおうとしましたが、今日も二人の若い女性がティッシュペ
ーパーか何かを、駅を出入りする人に配っていました。私は大体そういうものは受け取
らないことにしていますので、彼女達を無視して駅に入るつもりでした。

 ただ、その通路になったところの脇は、例の放置自転車が若干あったので、どうして
も二人の間を抜けて行く必要はありました。
 それは仕方ないと思っていたのですが、私が歩を少し早めて歩くのを見ているのかど
うか、私には、どうも見ていたと思われるのですが、二人のうちの左側にいた女性が、
向かい側にいるもう一人の女性のほうに歩き寄りはじめました。

 彼女が、そのもう一人の女性のほうに寄ろうとする仕草とスピードは、あたかも私の
歩いてゆく進路を妨げるようなゆっくりとしたものです。
 丁度、クルマを運転しているならば、四つ角の交差点で二つのクルマが交差してしま
うような、そういう感じなのです。

 このままでは衝突(?)してしまいますから、私は歩みのスピードを少し緩めました
が、彼女は明かに顔を私のほうに向けているのに、衝突(?)を回避しようという様子
はありません。

 こう書いても、実のところはこんな文章の様に刻一刻と事態が進行するとかいうこと
ではありません。朝の通勤前の、駅頭の一角でのことです。事は「あっ」という間に起
こっていることであって、これを目撃した人が仲裁に入るとか、110番に電話すると
か、区役所に災害非常事態の要請をするとかの大袈裟な話ではないのです。
 そんな瞬時のことですから、私と彼女は、いや、少なくとも私は、心の中で、「これ
じゃあ、彼女とぶつかっちゃうよ!」と思ったのですが、でも、もう思ったときには、
私が一歩先んじて彼女の前に出、遅れた彼女は見事に私の左肩後ろと左足のかかとにぶ
つかって、そして双方で少しよろめいて、それから立ち直り、お互いにちょっと睨め合
って、そして離れました。 格好としては、彼女が私に側方から「追突」した形なのに
、その彼女は一言も発せずに離れて行きました。

 自慢ではありませんが、私は被害者のつもりですから、私の方からも彼女に声は掛け
ませんでした。それはどう考えても、彼女が私の進路を妨害している行動ですし、そも
そも駅頭でのビラ配りとか、ティッシュペーパー配布などは通行人の通行を妨げないよ
うに行なうのがエチケットだと思います。

 彼女と衝突後、2、3歩歩いてから振り返ってみると、彼女はもう一人の女性と並び
ながらティッシュペーパー配りを始めようとしていました。
 私は、腹が立ったので、一言文句を言おうと思って立ち止まったのですが、そのとき
に急に「ハッ」とあることを思い出し、それで踵を巡らして改札口に向かいました。



 

触りたい「神様」(下)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月19日(木)21時08分48秒
   「あること」とは、ある友人の経験談を聞いていたことです。
 その友人は、あるとき、、、と言っても数年前のことのようですが、新宿・歌舞伎町
の繁華街の小さな小路を歩いていたそうです。狭い道であることに加えて、両側には飲
食点の路上用置き看板があるため、人は二人が並んで歩けばいっぱいだったそうです。
 友人は右手に鞄を持って左側を歩いていたそうですが、その道である男性と行き違い
そうになりました。それで鞄を左手に持ち替えて進んだのですが、その男性と行き違っ
てすぐに、カチャッという何かが道に落ちるような音がしました。そして、男性が「あ
っ!」という声を出し、「おおい、おじさん!」と友人を呼び止めたのだそうです。
 その後は、行き違うときにあんたの腕が自分に強く当たった、それでこの腕時計が落
ちた、この時計は30万円以上した代物らしいが、自分は親分に貰ったもので大事にし
ている、これでは親分に合わせる顔が無い、困った、どうしてくれる、、、ということ
になったのだそうです。
 その友人からは、こういう因縁付けは、特定の場所では日常茶飯事のことである、自
分はいざとなったら金をもっていたので払おうと覚悟を決め、その前に、”自分は貴石
を扱うから分かるがこの時計はそんなにはしないぞ”とクレームをつけ、”二万円でど
うだ”と言ってその場を逃れたが、ああいう場所では気をつけなければならない、とい
う教訓付きで教えてもらいました。

 私は咄嗟にそのことを思い出しました。
 学芸大学駅前東口の彼女は、そんな凄いアクセサリーなど身につけているようなこと
はなかったのですから、おそらく彼女の場合は、何か考えごとをしていたのかもしれま
せん。
 けれども、「さわらぬ神に祟りなし」といいます。ああいう衝突は、やはり心して避
けなければならないと思います。まあ、今回は、私は「追突」されたのですから、これ
は仕方ないものとして、自分で自分を許すことにしたいと思います。
 しかしです。新宿・歌舞伎町の男性の様に、向こうから寄ってくる場合にはどうすれ
ばよいものでしょうか。
 これは、さわらぬ神に、、、などと悠長なことは言っていられません。余程注意し、
緊張しながら歩くに越したことはないのかもしれません。



 

論調の色分けから

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月19日(木)07時26分4秒
   昨日は随分といろいろな新聞を読み比べてみた。当然のことながら、各紙と
も拉致された人の中で生存者が4人しかいないことを、悲痛の極みとして主張
し、紙面構成していた。
 しかし、今後のことになると、社説・主張ではそれぞれかなり扱いがちがっ
ていた。

 まず朝日、毎日、日経は、紙名を掲げた順番の強度で正常化交渉の開始を容
認している。
 一方産経、読売、東京はほぼ同じ程度に強く、正常化交渉を開始する前に拉
致問題の究明をするべきだと主張していた。

 ただ正常化交渉の前後を問わず、拉致問題の究明をトコトン行えというのは、
これは6紙に共通した主張であり、新聞が世論であるとすれば、ここに世論の
一致を見ているといえよう。
 特に日経は、正常化交渉は再開しても国交正常化は急ぐべきでないと主張し
ていて、その根拠は、交渉を急ぎたいのは今や日本ではなく北朝鮮であるから、
ということを基礎にしている。そして、この主張は正常化交渉に入ることを待
て、とする読売と似たような理由となっている。

 また特異な主張としては、毎日と東京が、拉致問題をこのような結果に導い
たのは、北朝鮮は当然としても政府、外務省、与党と一部野党にもあるとし、
中でも、マスコミも消極的であったと指摘し、反省しているのが注目される。

 こうやってみてくると私が昨日書いたことは、それはただの第一報から推測
して考え方の骨子を述べたものだが、どうも朝日、毎日、日経の主張に近い。
そして、その中でも、どちらかというと、正常化交渉を始めても、しかし国交
正常化を急ぐべきではないという日経の主張がもっともだと思っている。
 具体的には、北朝鮮の説明は不十分なものとしつつも、一応金正日総書記の
謝罪を、それはそれとして肯定的に受け止め、この後は、今後北朝鮮がどのよ
うに拉致問題の詳細情報を日本に示してくるかこれを見守り、それに応じて交
渉を進展させるかどうか判断していったらどうか、と思う。

 いつの場合でも、事実認識と、糾弾すべきものの糾弾と、そして事態を発展
的に昇華、解決してゆくことが大事なではないかと思う。
 

悲劇的な結果への憤激(第一報から)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月17日(火)21時26分22秒
   今日は夕方から会議があったため、小泉首相の訪朝結果を知ったのは午後8時半を過
ぎていた。
 そしてその結果を聞いて第一に抱いたのは、北朝鮮の、おそらくは諜報機関が行なっ
たであろう拉致問題の悲劇的な結果に対する憤激であった。
 北朝鮮は、これまで「拉致問題は存在しない。」という立場であった。その非を率直
に認め、最高指導者である金正日総書記が謝罪したと言うが、これすらも、余りにも遅
い犯罪的な対応ではなかったかと思う。
 デイト中の男女や社会的に未成熟な少女を暴力的に襲って、強制的に、海を隔てた体
制の異なる国に拉致し、言葉巧みに誘い出して騙まし討ち的に工作船で連れ出して何年
も他国に留置し、20年も経て本人が亡くなってから謝罪しても何の償いになるのか。
 最も唾棄すべきことは、これが個人の基本的人権をないがしろにする社会主義国の現
実であるということか。かつては多くの人と同じように「社会主義」という哲学に光明
を感じたことがある者としては、余りに情けない。

 今は「遺族」となった拉致家族の記者会見における慟哭には、何の慰めの言葉も適わ
ない。
 小泉首相が硬直化した日朝交渉を事態を打開するため、電撃的首相外交を行ったこと
は評価すべきだし、拉致問題には重大な決意で臨んだことも理解できるが、その結果は
想像した以上に過酷なものであった。
 これを個人のレベルに還元し去って、簡単に日朝交渉を再開するということは、理屈
としては理解できても感情としては納得できないものが強い。

 ただ、小泉首相の言うとおり、真実を明らかにするためにも交渉再開に踏み切ったと
いう判断は、政治の姿としてはやむをえないものであったろう。
 また、拉致問題の存在を認めて謝罪したり、不審船の活動を停止させたりする等の約
束をした金正日総書記の態度は、これは父政権を受け継いだ彼が、党や軍部に対しても
真の実力を保有している証拠であろうから、ここでこの政権を相手に交渉することは理
に適っていることであろう。
 そう考えれば、小泉首相の政治的判断は受け入れるべきであろう。

 それにしても、過酷な、そして悲劇的な結果であることは消すことができない。
 

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