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このように、言うなれば中坊公平氏の仕事は、目的のためには手段を選ばないという手法である。
今回、東京地検特捜部に事情聴取された大阪の不動産に関する事件も、報道される限りでは全くの詐欺事件であったとしか言いようがなく、やはり目的のためには手段を撰ばないやりかたである。
詐欺の被害にあったのは横浜銀行など金融機関である。つまり多少の詐欺にあってもお金には困らない存在である。
中坊公平氏は、国民の税負担を減らすためには債権回収に励みたかった、という趣旨を述懐しているらしいが、これでは江戸時代の義賊の発想でしかない(もっとも私は、過去にもそうした発想に基づくと思われる事件があったと考えている。)。
義賊を時代の英雄とみる立場もあるかもしれない。しかし、私はそういう立場は取らない。
正々堂々。真実の事実。
これが、普遍の常識の基礎ではないだろうか。
正々堂々としていて、それで敗れるならそれも良し、である。それが法律の世界ではないか。
真実の事実が曲げられるなら、その社会はたいした社会ではない。そういう社会は正さなければならない。かといって、これを元に戻すために無理に犯罪を重ねることはないのである。何故なら、そうすることは普遍の常識に反するのだから。
ましてや、犯罪者は人に迷惑を掛けるものだ。そういうものには金輪際なりたくない。
犯罪者になるくらいなら、そのときは名は捨てるし、財産も、命も惜しくない。
しかし、中坊公平氏は語っている。
「私にとっては、命も弁護士資格もどっちも大事だ。しかしどちらかを捨てなければならないとしたら弁護士を捨てざるを得ない。」と。
残念ながら、私はこの言葉に共感を覚えない。誰も「どちらかを捨てろ」とは言っていないからである。
そしてまた弁護士は犯罪者であってはならないのである。したがって中坊公平氏が東京地検の事情聴取を受けて犯罪の嫌疑を自覚するのなら、弁護士を廃業するのは至極当然である。
もっとも、大阪弁護士会は退会を認めないと言うから、これはまた悲劇である。
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