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だぶだぶ服のお嬢さん

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月12日(木)21時55分53秒
   毎日、朝、同じ時刻に同じ道を通っていると、いつも変わらぬ光景、それでいて少し
ずつを変化を遂げている光景を目にする。
 「水車橋」のバス停では、いつもこの時間のバスを待つ中年女性を見かける。かとい
って私はバスに乗る日もあるし、その時の気分で乗らないときもあるから顔なじみにな
っているわけではない。それでもなんとなく目を合わせるようになってきている。
 少し道を進むと、10本くらいの大木に囲まれた古い大きな家があったが、そこが壊
され、平地に整地され、基礎工事が行われ、やがて5階建てのマンションが出現した。
 もう少し駒沢通りに近い「三谷」というバス停の脇にも、120坪ほどの駐車場があ
ったが、ここもあるときから車がなくなり、土地の区画が整備され、そこに木造3階建
ての建売が6棟建設されたが、瀟洒な住宅が完成したと思ったときから、もう6戸とも
入居している気配が見えた。

 そんな中で、いつも変わりなくジョギングしている若い女性がいる。
 彼女は、冬も、この夏も、そして残暑の9月も、いつもダブダブのトレーニング・ウェ
アに身を包んで、ゆっくりとゆっくりと走っている。そのスピードは決して速くなく、
例えばせっかちな私が彼女の後について、そして競歩の要領で彼女を抜き去ろうとすれ
ば、ことによるとそんなに苦労しないで追いつき、追い越しができるかもしれない。そ
のくらいにゆっくりとした走りである。
 でも考えてみると、私がこの道を歩く時間は大体朝の9時前後だ。私は自由業の事務
所に勤めている、とは言っても、どうせ退職公務員の片手間事務所だから仕事が山にな
っているわけではない。ま、9時半頃にでも顔を出せば早い方だ。
 つまり、普通の人ならもう勤め先や仕事先で平常の業務についている時間であり、の
んびりとジョギングするような時間ではない。それに、この場所も、世田谷区とはいえ
閑静な住宅街でもなければ等々力渓谷のような空気が綺麗な山道でもない。都心と違っ
てクルマの量が少ないとはいえ、立派に排気ガスで溢れているバス道路だ。
 どうして彼女はこんな時間に、そしてこんな場所で、しかも見ているだけで汗が出る
ような格好で、こういう運動をしているのだろうか?
 考えてみれば、何か不思議なものを見ているような気がしたものだ。

 ただ、今までは彼女と直接同じ歩道ですれ違うということがなかった。車道を鋏んで
反対側の歩道を走る彼女を「ちらっ」、「ちらっ」とみる程度であった。そういう彼女
は、だぶだぶのウェアに包まれるのが相応しい、ふっくらとした顔をしているように感
じていた。
 ところが、この9月に入ってからは、2回ばかり、同じ歩道で彼女とすれ違うことが
あった。その理由は、私がバスに乗ろうとして、いつも歩いている歩道ではなく、バス
の乗降のできる反対側の歩道に回ったからである。
 たまたまそういうときに彼女とすれ違ったのである。
 そのときに見かけた彼女の顔は、随分と細く、また引き締まった顔立ちであった。だ
から反対側の歩道から感じていた顔とは異なるものであった。

 これはどう考えれば良いのか、未だに疑問に思っているが、ひょっとしたら彼女は、
あの厚いウェアに身を包んで、ダイエットのためのジョギングをしていたのではないの
か?
 そして、それが次第次第に効果を挙げてきているのではないのか?
 そうであったら、何故か我がことの様に嬉しい気がしてくる気がする。
 

どうも正解らしい。

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月12日(木)20時41分34秒
   昨日11日、「名選手の行く末」を掲げたが、その中で古橋広之進さんの「バス停記
者会見」について触れた。
 そこでは
> そう言えば、この停留所は古橋さんの自宅のまん前である。若い二人は、様子からし
>て新聞記者だ。私も朝駆けで記者に襲撃(?)された経験があるのでピントきた。
> 古橋さんは、この自宅前の「停留所の椅子」を利用して朝駆けにきた新聞記者と即席
>の記者会見をしているのだと見当をつけた。
 と記した.
 果たせるかな、今日の朝日新聞スポーツ欄では、古橋さんが日本水泳連盟の次期会長に
は林副会長が昇格するだろうということを明らかにした、と報じている。
 私はこの記事を読んで、
「おや、林という人は専務理事だったはずだが、、?」と思ったが、この点をこの記事は
林専務理事は10日に行なわれた臨時理事会で副会長に昇格し、これは林さんの次期会長
含みの人事だった、と解説していた。
 こういう裏話的記事が新聞に乗るというのは、やはりバス停での即席記者会見ならでは
のことだなあ、、、と感心して新聞を読んだのだが、、、、これは読みすぎだろうか?

 もっとも反省もある。
 「名選手の行く末」の「行く末」とは、どうもマイナーな印象を与える。これは、将来
「今日のZAKKAN」を本にでもするときに改題しなくてはいけないかもしれない。
 ん、、、、本にするような出版社は現われませんから心配しなくても宜しい、、、と?
 それは残念(^_^)。
 では、そのままにしておきましょう(^_^)(^_^)

 

名選手の行く末(上)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月11日(水)23時21分44秒
   朝方、マンションを出て、いつものように東急・東横線の学芸大学駅方向に歩き始め
た。
 この道路は、学芸大学駅方向から駒沢通りを越えて、環状7号線という国道方向に世
田谷区役所行きのバス路線がある。私のマンションは、「野沢3丁目」と「水車橋」と
いう停留所の中間点だから、駅方向に歩いているうちに五反田駅行きのバスが来ること
がある。そういうときはバスの方が便利だから利用することにしている。
 今日も、その「水車橋」の停留所が近くなったので、後ろを振り返ってバスが来るか
どうか確めながら歩いていた。いつものこの時間なら、その「水車橋」の停留所には大
抵2人か3人の人が人待ち顔に立っている。今日も、3人ほどの男性が近くに入る。

 でも、今日の停留所の雰囲気は、いつもとちょっと様子が違うので、近くになってか
らどうしてなのかを確めてみた。すると、3人のうちの一人は椅子に腰掛けている。残
りの2人は若い男性で、停留所に向かって立っているのではなく、椅子に腰掛けている
人の話でも聞くような姿勢で立っているのである。
 椅子といっても、道路にある椅子のことだから立派なものではない。もとよりバスの
お客用にということで用意されたものかどうかも分からない。雨風にも曝されていて、
どっちかというと不潔な感じさえする。
 
 そんな椅子に腰掛けているのは、薄茶の半ズボンに洗いざらしの白い開襟シャツを着
た大柄な高齢者だった。はじめは通りがかりで横顔しか見えなかったから、危うく見誤
るところであったが、よく見ると腰掛けている人は、かつての「フジヤマのトビウオ」
日本水泳連盟の古橋広之進会長だった。
 そう言えば、この停留所は古橋さんの自宅のまん前である。若い二人は、様子からし
て新聞記者だ。私も朝駆けで記者に襲撃(?)された経験があるのでピントきた。
 古橋さんは、この自宅前の「停留所の椅子」を利用して朝駆けにきた新聞記者と即席
の記者会見をしているのだと見当をつけた。

 それで思い出したが、今日の朝日新聞と日本経済新聞は古橋さんが水泳連盟会長を退
くと報じていた。昨日10日、水泳連盟の臨時理事会の席上で古橋さんが来年3月で勇
退することを明らかにしていた。
 でも、後任が誰になるかはっきりしているわけではないらしい。日本経済新聞には、
専務理事の林務さんの名前が上がっているが、今日の朝駆けは、その辺の感触を得たい
記者が訪れてきたものだろう。

 

名選手の行く末(下)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月11日(水)23時20分21秒
   こういう光景を間近に見て思うのは、スポーツ界で名選手としてならした人たちが、
競技生活を終わるとどうやってその競技の世界に残ってゆくのかということだ。
 
 古橋さんは、戦後の世界の水泳界で自由形長距離で世界新記録を何回も樹立して「フ
ジヤマのトビウオ」と称えられてきた。それは私の幼年時代のことだったが確かな記憶
がある。そういう世紀の名選手と、今になって100メートルも離れていないところに
住み、時々は愛車を水洗いしたり様子を通りがかりに見たりするというのも不思議なも
のだ。
 しかし、古橋さんにとってそういう何もしなくても過去の栄光によって称えられると
いう華やかな時代は半世紀も前のことだ。その後、古橋さんは、水泳界の発展のために
尽くす道を進み、18年前から水泳連盟の実質的な舵取り役を努めて来た。
 その道は、選手時代とは違って、一般の経営者と似たような、いつも前を見ていなけ
ればならない苦しい管理者、組織者としての生活だったと思う。名選手だからといって、
何かエスカレーターに乗ったような楽な道を歩むということはできないのだ。特に、オ
リンピックの選手選考に関しては、古橋さんが古い体質の代表として批判されたことは
記憶に新しい。

 こういう厳しい経過というのは、かつて日本経済新聞に掲載された横綱大鵬の「私の
履歴書」からも窺い知ることができる。
 大鵬親方は、今では部屋を創設してから30年にもなり、部屋の後継者も貴闘力とい
う女婿を得て安泰になっているが、弟子から関取が生まれるまでは随分と苦労したし、
本人自身が脳溢血になったりしていた。
 古橋さんといい、大鵬親方といい、若い頃に名をなして、その後苦労したとはいえ、
こうしてその出身競技界の中で再び栄光(?)を掴むことが出来た人は幸せであるが、
しかし、おそらく二人のような人たちは例外なのであろう。
 多くは、その世界から離れ、全くの第三者として今を過ごすことが多いに違いない。
実際そういう例は、職業的スポーツの典型であるプロ野球にも大相撲にも多いような気
がする。
 今話題の貴乃花もまだ30歳である。今場所の彼はどういうことになるのか分からな
いが、いずれ数年内に引退することは十分にある。そうした後、彼もまた、古橋さんや
大鵬親方の様に、その競技の世界で名を成すにはかなりの苦労を伴うことであろうか?
 そうだとすれば、往時の名選手や優れた競技者と、後の時代のその世界の成功者とは
全く違った人となるのであろうか。随分と興味深い問題のような気がする。
 

私の夏休み

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 9月10日(火)22時45分10秒
   「今日のZAKKAN」の最後の掲載は、ほぼ1ヶ月前であった。ずいぶん長いこと夏
休みを取っていたものだ。
 しかし世の中はいろいろと動いている。
 世界政治の分野では、アメリカがイラク攻撃の国際的合意を取り付けようとして躍起
となっているし、経済の分野では株安傾向が改まらない。パレスチナ問題が小康状態か
と思えば、アフガニスタンでは大統領暗殺未遂事件が起こってアルカイーダがまだ健在
であることを再認識させられる。
 日本では、国会が終わって政治の話題も夏休みかと思うと、田中前外務大臣が議員辞
職したし、小泉首相は盛んに外遊を行ったり北朝鮮の金正日総書記との会談をセットし
たりして支持率回復につとめている。
 そうかと思うと、日本ハムのBSE隠しや東京電力の原子力発電所シュラウドのひび
割れ隠しが表面化したりしている。
 そうそう、株はバブル崩壊以前の水準に陥ったというから、この経済低迷の深刻さに
は頭を抱える。

 こんなに世の中は動いているのに、肝心の能彦はどこで優雅な夏休みを取っていたの
かというと、それがちっとも優雅な日々を送っていない。
 当初の予定では8月11日から18日まで、のんびりと高原の静養地にでも出かけて
英気を養おうと思っていたのだが、こども達が、、、、と言っても、今は言うことを聞
かないオートナになっているので正しくは何と言えば良いか分からないが、この結構な
プランに一日も参加しないというので、私も「じゃあ、ヤーメタ!」という気分になっ
てしまった。
 何でも残暑の頃に、それぞれに計画があって成田空港まで行くのだという。無論、空
港から更にどっかに行くのだろうが、そうなると聞くのも馬鹿らしいから、行く先なん
か知らない。
 で、この夏は家族が銘々勝手に過ごすことになったが、私は月末に木曾と飛騨・高山
にドライブに行くことにし、夏休みの間は溜まっている仕事の本の原稿と、新しく始ま
った業界紙の連載原稿を貯めることにした。
 ところがである。あの暑さに頭脳のバッテリーが迷走しがちである。仕事の原稿を書
くための資料は皆事務所に移したから、原稿を書いて貯めるには、毎日事務所に行かな
いといけない。
 でも、朝、遅い時間に事務所に顔を出すと、もう室温計が36度くらいになっている。
 水道を捻ると給湯の設備もないのにお湯が出てくる。
 事務所の移転に際して1階の花屋さんから仕入れたアラレヤという植栽に至っては、
暑さの所為らしく病気になって枯れてしまった。
 そんな状態だから、午前中は冷房を入れて事務所全体を十分に冷やし、新聞を見てい
れば時間になる。これは「夏休みだ」といって家を出るのが遅いから、部屋の暖気も高
まっているという事情もある。
 で、部屋の温度が丁度良くなったところでお昼を食べに行き、帰ってくると、外に比
べて部屋が気持ちが良くなっているのでつい昼寝を決め込んでしまう。
 勿論、途中で気がついて起きだし、資料を机に広げたりするが、昨日まで考えたこと
を思い出していると結構時間が経ってしまう。
 夕方頃になると、原稿の書いた行がちっとも進まないのに苛立って、「今日はこれま
で!明日頑張ろう」と堅い決意をして家に帰る。
 そういう毎日であった。

 でも、そうしているうちに夏休みと決め込んだ週間はあっという間に過ぎてしまい、
仕事の中旬を迎えた。

 この中旬から下旬にかけての間が凄い。
 十分に夏休みを取った役所や会社の人たちが一斉に仕事を始めるものだから、自由業
の私のスケジュール調整や資料準備をする間もなく、バタバタと時間が過ぎてしまう。
 特に、仕事に関係する役所の人たちは、夏休みなんかとっていないのではないのか、
と思うくらい精気に満ちた顔で仕事をするので、私はメロウ句会の俳句も良い点を取れ
なかったし(ここで、こんなことを言って良いのかな?)、楽しみにしていた月末の木
曾と飛騨・高山のドライブ旅行もフイになってしまった。

 というわけで、未だに幸齢ネットの更新ができないでいる。
 嗚呼!これが私の夏休みであった。。。
 それでも、狭心症から退院してきた去年の夏に比べれば、、、はるかに、はるかに、
充実したものではあった。
 

元気を呉れた「プロバイダー」(上)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 8月 9日(金)06時52分57秒
   今朝の日差しは誠に強いものだった。ベランダに面した窓には白いレースのカーテン
が掛けてあるのだが、太陽の光は、「そんなもの、日光を遮断する効果なんかありませ
ん。」とでも言いたげな強さで居間のフローリングの床を照らしていた。
 今日は暦の上では立秋だというのに、こんな強い日差しで、しかも暑いときては、今
のところ幾ら夏バテ無関係の私といっても、いささか気が滅入る。
 ましてや今日は、事務所に行けば仕事が一杯待っているというのでは、外に出るのも
億劫な気持ちになる。

 でも、出掛けることになっているのだから、時間がくればなんとなく家を追い出され
てしまう。
 そこで今日は、マンションの玄関へ出ようとしてエレベーターで下っているときに、
ふと気づいてタクシーで事務所へ行くことにした。というのも、マンションから東急・
東横線、学芸大学駅までは歩いて15分掛かり、ちょうどその半分の距離である駒沢通
りを越える辺りで、汗が”ジーッ”と出てくるのが予想できる暑さだったからである。

 ところが、こういう日に限って、、、とは「どういう日か」というと、単に”タクシ
ーを使いたいなあ、、、と思う日”という程度のものでしかないが、ともかくタクシー
が欲しいときには来ないものだ。
 暑いかんかん照りの中に立ってタクシーを待っていると、益々身体を消耗するような
気持ちになってしまう。
 かれこれ10分も待って、いい加減にイライラしそうになったときに、私の立ってい
る場所から50メートル離れたバス停留所に、運良く学芸大学駅方面に向かうバスが来
た。そこでこれに乗ることにして、すこし慌て気味に駆け寄った。
 これでは、まず汗を掻かずに出かけようとした第一目標がフイになってしまった。

 バスに乗り込もうとしたときに、なにやら甲高いマイク音が聞こえてきた。私とは違
ってこの炎天下に停留所に並んでいた3人の人たちが、先に乗り込んでいったが、マイ
ク音はこの人たちに対する案内のようだ。それでも、普段の声とは違う。
 私が、自分でバスのステップに足を掛けるときに、ちょっと覗き込むと、若い男性の
運転士が、首の辺りに掛けたマイクからひとり一人に「おはようございます。」と親切
そうに声を掛けているのだった。
 

元気を呉れた「プロバイダー」(下)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 8月 9日(金)06時51分44秒
   バスは、丁度私の前に乗った乗客が座席を占めたところで、もう座る座席はなくなっ
た。ま、そんなことは毎度のことであるから、こちらもなんとも思わない。でも、まだ
210円の料金を料金箱に入れていない。いつもだと、まもなく運転士が「バスが動き
ますからおつかまりください。」と言って、客が料金箱にお金を入れるか入れないかの
微妙なタイミングのときにバスが動き出すことがある。
 それで、そんなときに備えて、先に運転席の脇まで上がりこみ、小銭入れから210
円を取り出してこれを料金バスに乗り入れた。
 そのときに気づいたが、この運転士は、くだんのアナウンスをすることなく、私の動
作を見守っている。そして私が料金を投入し終えて車内を歩き始めてから、初めて「バ
スが動きますからおつかまりください。」とアナウンスしてゆっくりとバスをスタート
させた。それも、そのアナウンスが歯切れよく、かつ押し付けがましくない。
 
 少し行くと、「赤信号ですので停車します。」とアナウンスし、信号で停車した。す
ると、今度はこの運転士は「東急バスは、8月7日から20日までは土曜・祝日ダイヤ
で運転しております。バス時刻については、、、、」と、これまた元気な声でアナウン
スを行なう。
 "普通は、こういうアナウンスはテープ録音の声を流すのではいないかな、、、?”
と思ったら、俄かにこの運転士に興味を覚えた。
私は、バスの中央にいて、その中に立っている支柱に手を掛けていたのだが、わざわざ
また運転席の近くに近寄った。
 運転士は、やや小柄で、敏捷そうな青年だ。
 どんな顔をしてアナウンスをしているのかな、、と思って横から顔を覗くと、これが
前方を見ながらも、笑顔でアナウンスしている。まるでフロントガラスの向こうに素晴
らし恋人でもいて、彼女に話しかけているような明るい口調である。

 "彼の名前は何というのだろう?”
 私は、いつもバスの運転席左上方に設置してある運転士氏名欄を覗き込んだ。
 するとそこには「運転士」と書いていない。
 「サービスプロバイダー ○○ ○」と書いてある。
 私は驚いた。
 ”プロバイダー”なんて、いつもインターネットでお世話になっているニフテイやア
サヒネットなどの電気通信事業法でいう第一種通信事業者のことではないか?
 「プロバイダー」という英語に「運転士」なんて意味があったかどうか、一所懸命考
えたが思い浮かばない。
 東急バスはいつから運転士の称号を「サービスプロバイダー」に変えたのかな、、と
考えたが、これも思い浮かばない。そういう案内はなかったような気がする。
 私は心で微笑んだ。
 「これは、この青年の気構えに違いない。」
 そう思った。

 バスは、その後も、サービスプロバイダー氏の的確な案内を快く響かせながら進み、
遂に、私の降りる「学芸大学駅」近くになった。
 するとサービスプロバイダ氏は「間もなく学芸大学ッ駅です。」と「駅」の発音の前
を、わざわざちょっと区切って発音してアナウンスしてくれた。これだとバスの心地よ
い動きに眠そうになっている人もパッと反応するに違いない。
「ッ駅か!」私は、また心中微笑んでバスを降りた。
 バスの外は、やはりゲンナリするような炎天だったが、でも、今朝は何か元気を貰っ
たような気分で「学芸大学ッ駅」に向かった。

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 事務所で、私は早速インターネットにアクセスし、「東急バス」「運転士」「乗務員
」「サービスプロバイダー」「名称変更」などをキーワードにして検索した。しかし、
残念ながら意に沿うような結果は得られなかった。
 勿論、東急バスの公式ホームページにもアクセスたが、そこにも「サービスプロバイ
ダー」はなかった。
 しかし、彼は間違いなくその名に恥じぬ運転士であると思っている。
                               (8/8記)
 

よく確めないとこんなことになる。(上)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 8月 7日(水)22時10分27秒
   今日の夕刊を読んで思わず失笑した記事が2つあった。夕刊は日本経済新聞と朝日新
聞の二つだし、その内容も傾向の異なるものだったが、後で考えてみたら、タイトルの
ような「よく確めないとこんなことになる。」という例証のようなものである。

 一つは日本経済新聞の記事で「有名歌手名乗り謝礼15万円詐取」という見出しであ
る。
 事実関係を簡単に書けばこうなる。
 長野県御代田町で7月下旬に「町民カラオケ大会」を開催した。主催は同町駅前商店
会である。審査委員長はかつてのグループサウンズ「ヴィレッジ・シンガーズ」の一員
である「清水道夫(56歳)さん」である。
 この清水さんは最近リバイバルになっている「亜麻色の髪の乙女」というヴィレッジ
・シンガーズの持ち歌を熱唱したりしたが、820人もの聴衆の中に、清水さんの友人
がいて、「彼の面影が無い。」と不審に思って清水さんの事務所に問い合わせ、それで
偽者と分かったという。
 新聞報道によると捕まった井出一雄容疑者(53歳)は、会を行なった同じ御代田町
で飲食業を営んでいる。ご丁寧なことに、彼は、以前にも「横浜銀蝿」のメンバーを名
乗って詐欺事件を起こしていたという。

 ただ、私が分からないのは、仮に清水さんが御代田町の出身だとしても、井出容疑者
が清水道夫さんとは違うということは(主催者は)分からないものだろうか、というこ
とだ。
 御代田町には行ったことがないので、あるいは町の関係者には失礼になるかもしれな
いが、会を行なった同じ町で、しかも飲食業を経営している人なのに、元芸能人である
かどうか商店会の役員達が分からないほど疎遠な関係だったのだろうか?
 もし、その飲食店が駅前商店街とは地域的には全く交流がないのなら、それなら尚更
この人が本人であるという確認をとろうとしなかったのであろうか?
 「清水審査委員長」名の表彰状を貰った人もいるということだが、後味が悪くて、も
う一度歌いなおさなくては収まらない気持ちだったに違いない。

 

よく確めないとこんなことになる。(下)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 8月 7日(水)22時09分11秒
   もう一つは朝日新聞の「窓」という論説委員室の人が書くコラムである。このコラム
は、今日は皮肉に満ちていて、これも失笑ものである。
 月刊「諸君」という雑誌があって、この雑誌は私はあんまり読まないが朝日新聞批判
を繰り返しているらしい。コラムによるとこの雑誌の批判には「慣れっこに」なってい
ると書いている。
 この9月号で坂本多加雄・学習院大学教授が朝日新聞の社説の見出しにクレームをつ
けたようだ。コラムは「標的になったのは、サッカーのワールドカップで日本がトルコ
に負けた翌日の社説」だという。
 坂本教授は、この社説の『よくやった ありがとう』の見出しに「とくに違和感を覚
えた」と書いたらしい。
 朝日新聞が引用している坂本氏の文章を孫引きで掲げると、坂本氏は
 「このタイトルには、負けたという事実を隠蔽したいというメンタリティが濃厚にあ
らわれていますよ」「他国やその国民との間に緊張や対立があり、そこにはおのずから
勝敗があるという事実と向き合いたくないのです」
と書いているようだ。そして朝日新聞は
「外交とは厳しいもので、”友好第一主義”でゆがめてはならぬ。朝日新聞はこの社説
の如く、ナショナリズムを否定して困ったものだ、といった論旨であった。」
としている。

 ここから先が朝日新聞の皮肉だが
「そうか、あの日の日本代表の敗北にもかかわらず、その健闘をたたえた社説は朝日だ
けだったのか、、、、と思って各紙の切抜きを調べてみて逆にビックリした。」
とある。
 実は、各紙とも、この日は社説のタイトルが、選手の健闘をほめたたえるものばかり
だったのである。
 これも、同コラムの引用だが
毎日新聞--------よくやった。みんなで拍手を
日本経済新聞----ありがとう、日本サッカー
読売新聞--------日本チームが元気をくれた
産経新聞--------選手や監督をたたえたい
 東京新聞がどうであったか引用されていないから、この新聞は違ったかもしれない。
 そこで朝日新聞は、続けて「何だ、ほとんど同じではないか。」と憤慨して見せてい
るのである。
 朝日新聞は「坂本先生、いかがです。」と締めくくっている。

 私は、実は朝日新聞のことはよく批判しているし、最近の長野県の知事選挙の解説記
事を読んでも、どうも積極的に田中前知事を応援しているようにみえて気に食わない。
 でも、全体としてみれば朝日新聞には好意的な自分を見出す。
 現に、産経新聞を購読しているけれども、でも朝日新聞を止めようという気にはなら
ない。
 だから、今日はこのコラムを読んで、、、確かに「失笑」と書いたが、これはかなり
朝日新聞には好意的なものだ。そして坂本教授に、もうちょっと確めてよけばよかった
のに、、、という皮肉な読後感であった。

 しかしである。
 この「今日のZAKKAN」をお読みになってお分かりの通り、実は私も、皆、朝日
新聞や日本経済新聞の引用ばかりである。
 御代田町を知らないのに、地縁、地区に触れたことを書いている。
 東京新聞が、サッカー敗戦の翌日にどういう見出しをつけたか確認していない。もし
かすると、坂本教授のところでは東京新聞と朝日新聞の「二紙しか」とっていないのか
もしれないし、そうなるとまたコメントは変わる。

 とどのつまりは、「よく確めないとこんなことになる。」のは私かもしれない。クワ
バラクワバラである。
 

お昼のヘッドライト(上)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 8月 3日(土)22時11分56秒
   このところ、考えると分からなくなるばかりで困っていることがあった。昼日中に、
図体の大きいトラックやバス、タクシーなどのクルマが前照燈を点けて走っているとこ
ろを何度も見かけたが、何故そうするのか分からなかったからだ。
 
 最初の頃は、
「あっ、あのタクシーはライトを点けて走っている。。スイッチを間違ったんだな。」
と軽い気持ちでいた。実際、道路を走っていると、地方であろうが都区内であろうが結
構トンネルは多いから、トンネルを抜け出たときにライトを消し忘れてそのまま走って
いるクルマは少なくない。
 私のクルマのライトは、暗いところに来るとセンサーによる自動感知方式で点灯する
し、明るいところに来るとライトは消える。何も私のクルマの付属品が特別高級なので
はなく、今のクルマ社会ではこういうクルマは当たり前になっている。
 でも、こういう自動感知方式の助けは借りないで、自分で点灯・消灯を行なうのが当
然だと思っている人も多い。かくいう私の娘などはその口で、彼女がクルマを使った後
に私のクルマに乗ると、決まって自動感知方式オンのスイッチがオフに変わっているか
ら間違いない。
 娘は運転免許を取ってから1年くらいしか経っていないから、ひょっとすると今の自
動車学校ではそういう教え方をしているのかなあ、、と思う。
 そんな具合だから、ライトを昼日中に点けて走っているクルマをみたら、”あのクル
マはライトの消し忘れ”と思ったって別に不思議は無いのである。

 ところが、この5月頃からはやたらにお昼にヘッドライトを点けたまま走っているク
ルマが多くなってきたように思う。だから、こういうクルマに会うと、どうも何か曰く
があってライトを点けて走っているような気がしてきた。特に、バスとかタクシーにそ
ういうクルマが多いから、これはいうなれば運転管理者が設置されている事業所に多い
ということになる。それで、
「これはひょっとして、何か理由があるのかな?」と思うようになった。しかしそうは
思うものの、その理由については思い当たらないので悩みのタネになったのであった。

 そうこうしているうちに、偶々わき道から出てきたタクシーが、やはり日中にライト
を点けている場面に出遇った。わき道から出てきたから、私から見るとタクシーの横側
が見えるわけである。
「あ、このタクシーもライトを点けている。」と思いつつ、そのクルマの前部の横、丁
度フェンダ・ミラーから前窓にかけてのところを見やると、そこに小さめのステッカー
が貼ってあり、そこに「ライト点燈中」と書かれているのである。
 これをみて、私は安堵の気持ちに襲われた。
 今まで、日中の点燈は理由があるのか無いのか分からなかったのだが、少なくともこ
のクルマの点燈は、何らかの理由があることがはっきりしたからである。つまり、「疑
問に思っていたこと自体」は正しかったのである。
 そこで、このタクシーを追いかけようとしたが、、、無情にもタクシーは踵をめぐら
して遠くへ去ってしまった。
 

お昼のヘッドライト(下)

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 8月 3日(土)22時10分44秒
   さて、そこで、今度は理由の発見しようと元気付いた。タクシーに乗るたびに運転士
さんに、
「最近、日中にライトを点けて走っているタクシーがいる。無論、シカジカ・カクカク
の事実があるから消し忘れではない。然らば、何故に点燈していると思うか?」
という質問を発することにしたのである。
 ところが、この質問には誰も答えてくれない。もう1ヶ月にもなるし、尋ねた運転士
も10人以上になるのだが、皆さんが、「さあ?」と考え込む始末だった。まさか、こ
の理由を調査するためにタクシーに乗るというわけにもゆかないので、調査は未だに終
わっていない。ただ、流石に、
「それは単なる消し忘れでしょう。」
と答えた人は一人もいなかった。これは「シカジカ・カクカク」の中で「ライト点燈中
」と書かれたステッカーがあって目撃したことを話してあるからだ。事実を抑えてある
ということは強い。
 しかし、それにしても見当がつかないらしい。

 そうしたところ、今日の夕方、ある用事で渋谷方面に出かけ、帰りにタクシーに乗っ
たところ、その運転士はヒントを提供してくれた。
 「確かにそういうクルマを見掛けますね。バスも多いんですよ。私の会社はそういう
指示をしていませんが、これはきっと安全対策でしょうね。」

 ”安全対策”と云われれば何となく分からないでもない。
 典型的なのは、オートバイが前照燈を点けて走る例だ。
 今でも思い出すが、もう20年も前に霞ヶ関に勤めている頃、昼休みに国会議事堂方
面から通産省(経済産業省)方面に歩道を歩いていると、新橋方面から国会議事堂方面
に、前照燈をキラリと輝かせながら疾駆してくる大型のバイクがあった。
 しかし、当時はまだバイクが前照燈を点けて走る光景は見慣れていなかった。そこで
私は、歩道から車道に少し身を乗り出してバイクに手を振り、そのバイクを停車させた。
そしてバイクを運転していた青年に「おい、ライトが点いているよ!」と注意してあげ
た。青年は、
「あ!」
と、キーを回してライトを消し、また走り去った。
 今思えば、あの当時からバイクがライトを点燈して走るのは運転者の智恵として定着
し始めていたのであろう。思えば余計なことをしたものだ。
 バイクのライト点灯は、道の路肩や歩道際を走るときに、その前方右側を走るクルマ
の運転手に注意を向けさせることが出来るし、また、交差点を右折のため停車中に、こ
のライトによって存在を誇示し、これによってバイクの図体が小さいことからくる安全
性の不備を補完している。
 だから、これはこれで理由がよく分かる。

 しかし、タクシーも果たしてこの類なのであろうか?
 今日の運転士の”安全対策”説は、総論的には分かるが具体論としてはまだ分からな
い。
 例えば、タクシーとバイクとを一緒にすることはできないし、タクシーのライト点灯
が普及すると、極論となるが、そのうち通常の乗用車までが日中ライトを点けるように
なるであろう。それでいいのだろうか?
 そんなことをこの運転士さんに疑問として提出した。しかし彼はこともなげに、
「そうなるかもしれませんね。。。今でも、フランスでは日中もライトを点けて走るる
ように義務付けられていますから。。」
と答えて来た。
 
 さすれば、「ライト点燈中」のステッカーを付けていたタクシーの会社は、もしかし
てフランス並みの安全対策を取り入れようとして画策しているのか!?
 これは面白くなってきた。
 

住民基本台帳ネットワークのこと

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 8月 1日(木)19時28分2秒
  こういう題を掲げたが、実は今日はこのことを直接論じるわけではない。
前にも書いたが、「ほんね談話室」のことをここで書くのはお門違いだが、しかし、感
想を書くのが「今日のZAKKAN」だから、会員の方にはお許しをいただいて少し「
ほんね談話室」のことを紹介させていただく。

 このところ、「ほんね談話室」で「住民基本台帳ネットワーク」のことが話題になり、
しかも、いろいろな角度からこの実施に反対の意見ばかりで、家主たる私は正直驚いて
いる。
 かといって、「ほんね談話室」で「そういう話題を論じて欲しくない。」などという
気持ちは更々無い。むしろこういう話題も含めて、参加者が時事問題にも甲論乙駁して
くださることを期待したいくらいである。
 第一、この「住民基本台帳ネットワーク」の実施には私も反対である。

 そこで、ここではいささか漫画チックだが、自分で「今日のZAKKAN」で反対論を
展開しなかったことを悔いていることを吐露したいのである。
 私は、しかしこの問題の細部まで承知していなかった。誠に迂闊というしかない。こ
のため資料が十分でなく、問題性をしっかりと把握していなかったのである。
 この問題点が分かったのは6月であり、確か朝日新聞が取り上げたことで初めて大変
な問題のあることが分かった。

 でも、もう8月5日から実施の運びとなっているというので、これはもう、たとえ「
今日のZAKKAN」で取り上げたって仕方の無い問題だと考えてしまった。
 ま、そのことも問題があるわけだが、それにしても、こんな大事な問題、今ごろ、、
(というのは6月のことを言っているのだが)、この頃になって新聞も取り上げるよう
になり、国会議員も自治体も反対の声を上げると言うのは、いささか遅きに失しないか
。。。

 一つの救いは、杉並区が早い段階から、、、というのは、これは「1年も前から」、
ということであるが、、、、その問題性を指摘していたことだが、その杉並区が最終的
な態度を表明したのも今日のことだから、どうも手ぬるい。

 こうやって考えてみると、「おかしいと思うことは”おかしい”と言い、正しいこと
は”正しい”と言う。」という当たり前の態度表明が、他人のことをあげつらうまでも
なく、この私自身が足りなかったことを痛感する。
 「もう、遅いだろう」とか、「結局は駄目さ。」という、左翼的な用語で言えば「日
和見主義」と言うのは、結局何にも物事を進歩させないものだと、痛切に思う。
 そして、その点、「ほんね談話室」での話題と意見は捨てたものではないな、、、とあ
りがたく思う。
 

入院後1年

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 7月21日(日)23時31分34秒
   昨年の7月26日、思いもかけず心臓が不調で入院した。
 不調といっても、実際はそれほどのことがあったわけではない。朝方軽い症状があっ
て、これを自己診断で狭心症かなと思ったが、その後元に戻ったのでそのままにしてい
た。しかし、昼頃にインターネットで「狭心症」をキーワードとして検索しているうち、
その一つのホームページで、「心臓病は、自分で勝手に診断して決め付けないほうがい
い。」という警句が掲げられていて、これに「それもそうだな。。。」と共感した。そ
こで、夕方近くになってから、かかりつけの医院に行ったら、たまたま、大病院の専門
医が来ている日で、その医師に早速の入院を指示され、その日のうちに入院したものだ
った。

 そんな具合だから、当人は周囲の心配は余所に極めて元気である。入院して早速にノ
ートパソコンを取り寄せ、診察の無い時間に病院の中庭でこのパソコンを駆使して、病
院情報やら、心臓病の治療情報などを取り寄せて、医師の診察のときに、そういう情報
をもとに自分の症状について細かく聞いたりしていたのだから、病院としては困った患
者を抱え込んだのではなかったのだろうか?

 ともあれ、診察・検査の結果は「殆ど問題ない。」ということで無罪釈放された。
 しかし、人には言えないことだが(そんならここにも書かないほうがいいのだが)、
医師の検査結果の説明を聞いて、自分だけは症状の出た理由がよく分かった。
 簡単なことだが、前夜、強いお酒を飲みすぎたのだった。
 だから、以後、医師が暗に「そこまではしなくても良い。」とか「少しくらいのアル
コールは身体に悪いことはない。」とわれるのも無視して禁酒宣言したのだが。。。。
 昨年末のオフでは、自分が幹事をつとめて随分飲み、同席者に「禁酒宣言なんて全然
信用できない。」といわれるまで回復(?)した。

 しかし、病気は病気である。時々送られてくる国内や外資系の生命保険のパンフレッ
トをみていると、やはり、「1年以内にナニナニ病の検査を受けた人」は生命保険に入
れないということが書いてある。こういうのをみると、やはり病人だなあ、、という実
感をもつ。

 まあ、でも、病人状態はそのときだけだ。後は、常人以上に元気だし、還暦を迎えて
益々(?)元気だ。
 普通の状態でも、出来るだけ早く寝るようにし、疲れないような体力で、これからの
40年を、、、というと100歳だから、その頃まで生きていられれば丁度よいかもし
れないと思ってのことだが、、、、頑張ってゆきたいものだと思う。。。
 
 ンムム、、、でも、もう午前様に近い。。。この辺で「今日のZAKKAN」を終え
よう、健康のために。
 

なんという狭量!

 投稿者:能彦  投稿日:2002年 7月19日(金)00時06分12秒
   少し前であるが、7月14日前後の新聞各紙に、駐ロシア日本大使館のナンバー2であ
る河東哲夫特命全権公使が小説を出版することになった、という記事があった。
 私などは、単純に「へー、、凄いなあ!」と感心した。
 感心して記事の内容を読むと、ソ連の崩壊の激動のときを舞台にした小説で「遥かな
る大地=イリヤーの物語」といい、パステルナークの「ドクトル・ジパゴ」にも匹敵す
る大作だと言うからますます感心した。

 ところが、世の中の人というのは私の様に単純ではないようだ。
 7月14日の産経新聞を読むと、そこではこのニュースが「外交より作家業?」とい
う見出しの記事となり、「会見やサイン会に批判も」という袖見出しもついている。
 私は、こうした記事の扱いや見出しのつけ方に異議を唱えているのではない。産経新
聞は他紙と違ってやや批判的に扱っているが、内容は公平だと思うのでこれにはクレー
ムをつけない。
 しかし、記事によるとモスクワの邦人の間にはこの公使が「ほんとうに日露外交に専
念していたのか」といった批判の声も上がっているというのであるから驚いた。
 要するに、外務省も現場の駐露日本大使館も「鈴木宗男権力」に抗し切れなかった責
任が厳しく問われているが、この時期に、その最高責任者の一人である公使が日ロ関係
とは全く関係ない私的な小説の執筆、出版に没頭していた、という事実に批判的である
というのである。

 しかし、私はこれは大変な狭量であり、日本人として恥ずかしい思いがする。と言っ
ても、わたしはその作品を知らないし、ましてやその作品の価値がどういうものかまで
言及することは出来ない。仮に、文学的な価値の無い作品について、ただ「売らんかな
」という精神でサイン会や記者会見を行なったと言うのならば、「公使」という肩書き
を悪用したPRとして指弾されなければならないと思うが、公使という日本のための公
務員が執筆活動を行なっていたということで前述のような批判をするというのなら同調
しかねるし、もっと進んで擁護してあげたいと思う。

 そもそも公務員といえども、その実体は普通の感情を持った人間であり、勤労者であ
る。それが職務を怠ったというのならば、いろいろな批判にさらされるのは仕方が無い
が、勤務や仕事を離れた場で文化活動やスポーツを行なうことに何の問題がある筈も無
い。
 私のみるところ、むしろ仕事以外でいろいろな分野で活躍する人こそ、仕事でも優秀
な実力を遺憾なく発揮している人が多い。それは、そういう人ほど仕事と他の分野での
活動との区分けの仕方を弁えているからである。
 こういうことは公務員でなくとも、民間でも全く同様だと思う。ここに敢えて、公務
員だとか、国益を代表する外交官だとか、場合によると政治家だとか軍人(日本では自
衛官か?)だからとかいう特殊身分を持ち出す必要は無い。政治家は政治を考えなくて
はならないときに全力を尽くさなければならないが、そういう人が画を描いてはいけな
いということなら元イギリス首相のチャーチルの絵は無かったことであろうし、日本の
国会議員さん方の絵の展覧会も三越デパートで開催できなかったことになる。

 このことについては、私自身がパソコン通信時代のFMELLOWのシスオペ当時に
いわれの無い誹謗・中傷を受けたことがあるだけに、いつか項を改めて書こうと思って
いるが、こういう類の狭量が日本人社会の中で起こるというのは悲しいことだと思う。


 

以上は、新着順101番目から120番目までの記事です。
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