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「選択的不注意」ということ

 投稿者:能彦  投稿日:2005年 1月 2日(日)03時15分41秒
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 世の中に不注意ということはよくある。不注意で遅れたとか、不注意で忘れたとか、大体するべきであると認識していたのに、心的要因が欠落していたため認識していた通りの結果を出せなかったということであろう。ここには結果をだせなかったことについて不作為はあっても、不作為を導く主観的意図はなかったことが特徴である。

 ところが、こうした考えは普通の考えであって、実は世の中ではもっと特殊なことが行われているようだ。そのひとつが選択的不注意ということである。これは精神医学の用語であるようで、例としては、電車の中で人目も憚らず一心不乱に化粧する女性など、周囲の人間を完全に無視できる心理状態をいうのだそうだ。言葉の理解としては、意図的に不注意なことをするわけで、日常の感覚からすると誠に奇妙な用語である。

少し事情は違うのかもしれないが、以前に、我が生まれ故郷の秋田県能代市が、今年の「10月に近隣の7町村と合併して秋田県北随一の都市になるらしい。」と書いた。その新市名も「白神市」(しらかみし)となると書いた。ところが、昨年の秋にこのことは白紙に戻った。青森県側の反対や、「能代」と言う名称に愛着を感じる能代市民からの反発が強く、合併の中心であるはずの能代市が法定合併協議会から脱退したからである。
私は当時やや批判的な意見を書いて、こういう新市名の決定は 「手続きを定めて、これに従って手続きをふんだから、だから合法性を獲得しているというのでは、民主主義というより役人的形式主義ではなかろうか?」と述べた。だからこれが撤回されたことは歓迎する。しかし、こういうなりふり構わぬやり方と言うのも、選択的不注意ではないかと思う。なぜならば、自ら新市名には旧名称は使わないと言って参加しておきながら、今度はたの6町村のことなど考慮もせずに自らの都合だけで、粛々として続行してきた合併手続きを放り投げてしまったからである。

こう考えてきたところであったが、しかし考えてみるとそんなに他人を、、この場合は我が郷土であるが、簡単に批判できない自分を見出す。私自身もこの電脳空間にホームページをもっていながら、この4ヶ月、ほとんどこれを省みることなく過ごしてきてしまった。理由は色々あるが、その理由にかこつけて、このホームページに集まってくださる皆さんのことは無視してしまっていた。これも矢張り選択的不注意であろう。幸い、心の方の踏ん切りはつくようになったので前よりは注意してまいりたいと思う。

 
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