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***  ようやく散髪ができました

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年11月17日(金)09時02分52秒
編集済
       *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原は外の気温は1℃まで下がりました。

昨日は2℃でしたから今季最低温度となります。稲刈り、草刈り疲れもあって、こ

のところペースダウンした毎日です。日曜礼拝、月曜礼拝、猿橋家庭集会と続いて

水曜は午前中2時間の畑の片付け、午後も2時間、水槽の整備と梅の枝はらいをし

ました。故障して修理を依頼した黒色キャノンプリンターの受け取り業者がやっと

来て持っていきました。受付方法が理解できずこの1週間待ちぼうけでした。教会

に持ち込んでいた旧型白色プリンターを回収して(これも一度修理しましたが使う

たびに変な音を立てているのでいつか故障するのではと覚悟しています)修理に出

した黒色プリンターの帰りを待っています。つなぎで新規購入した低機能プリンタ

ーは教会に買い取ってもらいました。

 昨日は午前中、詩編研究をして午後はひさしぶりで電動自転車で外出しました。

まずは散髪してからたっぷり買い物をし、クリニツクに立ち寄り薬をもらって帰っ

てきました。床屋の主とは、元々の店が国道沿いの今パチンコ屋があるあたりにあ

ったけれどもいろいろの事情で何度か移転し現在の駅前に来たこと、そしてクリニ

ツクに来ていた議員さんとは米作りの話から小麦の話となり、子どもころ寒い真冬

の麦踏みが辛かったことなどを聞きました。いろいろおしゃべりができて楽しい外

出でした。

 10月までは緑の色が濃かった周囲の山々も、今まではまだらな紅葉に彩られて

きれいです。家の前の市道には次々と落ち葉が落ちて来て、例年の落ち葉集め合戦

が始まりました。近くの県道にはすでに軽トラックを止めて側溝の大量の落ち葉を

集めている人がいました。大きな網の袋に次々と詰め込んでいるのを見て例年ビニ

ールのゴミ袋を使っていた私も同じものを買い込んで一昨昨日集めました。網袋な

ら破れることもなく詰め込めます。まごまごしていると市道の枯葉も軽トラック組

に持っていかれるので私もかんばりますが、疲れすぎないように連日の作業はしな

いつもりです。昨年はコンバインが使えなくなったので、11月中かけて扱き箸で

脱穀していたので、落ち葉を集める時間がありませんでした。今年はすでに肥料溜

めは準備できていますので、たっぷり集めます。数年後は大量の腐葉土ができるは

ずです。昨年の野菜はそれまでの腐葉土をたっぷり使うことが出来たので野菜もよ

く育ちました。畑にはキャベツ、白菜、ブロッコリーが大きく育っています。初め

てのニンニクも35株ほど芽が伸びています。高かった種ニンニクもこれで6~7

倍に増えそうです。その後の空いた畑にも菜花やなどの種を播いてあります。これ

でひとまず畑はいっぱいになってはいますが、今年ハクビシンに荒らされたじゃが

芋の柵内の畑は妻の領分ですが、取り残したじゃが芋が芽を出し畑一面に葉を出し

ています。この冬で葉はいったん枯れますが、春になればまた芽を出して大きく育

つでしょう。従って、改めてじゃが芋を植え付ける必要はなさそうです。

 今後の作業は、裏庭のごみの処理です。テラス工事のため大きなプレハブ倉庫を

解体した出た不要の本や雑誌、ファイル、解体したライティングデスクの類を処分

しなければなりませんが、かまども既に作り直して焼却処分のできる好天気を待っ

ています。寒くなったのでかまどの火の暖かさがまたうれしいものです。先月は東

海教区キリスト教社会福祉フォーラムの下準備とか、りんどうの里美術展のプロフ

ィル集編集作業など、いろいろ大きな仕事で忙しくしていましたが、これからしば

らくはひまなので「田舎の人」を演じます。

 大月新生教会の方もクリスマスの準備を始めています。また来年の創立90周年

記念誌の年表の作成を急がなければなりません。編集そのものは若手役員に任せて

います。そのことを日本キリスト教団の全国誌「信徒の友」に報告したところ、全

国から励ましのはがきが続々と届いてます。今のところは50通ですが、返礼のは

がきを用意して、毎週のように教会員にサインしてもらっています。裏には教会員

がにこにこと映っているこの夏の誕生会の写真をプリントしました。

 冬に備えて抜けてきたカーテンの金具の付け直し工事、夏用のカーテンを冬用に

取り換えたり、ファンヒーターと取り換えたとき玄関に置いたままの扇風機をテラ

ス下にしまったりしています。冬は気温が下がるものの、風の少ない上野原の冬は

あまり寒さを感じません。真っ赤な朝日もリビングルームの真正面から昇って来ま

す。畑に出ていると、時々、どんぐりが近くの家の屋根に落ちる音が聞こえます。

「あきだなあ」とつくづく感じます。さて今日の午前中は詩編の研究を続けます。

たっぷり時間があるというのは実にすばらしいことです。皆さんも、今日一日良い

日をお過ごしください。主イエス・キリストの恵みが豊かにありますように。

 
 

*** 「自由な人々の列」11月5日(日)永眠者記念礼拝メッセージ

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年11月13日(月)09時16分34秒
編集済
             *****  *****

 今日つまり11月第一日曜日は日本キリスト教団の教会暦では「永眠者記念礼拝」

です。大月新生教会は来年に創立90周年を迎えますが、残念なことに教会の記録が

ほとんど整理されていませんので、これまで誰が教会を「天国への門」として神の御

許に召されたのか分かりません。そこで戦後長らく当教会を牧会してくださった沼田

うめの牧師(1941~1986年在任)を記念して2012年から永眠者記念礼拝

を始めました。1928年(昭和3年)の創立当初は日本ホーリネス教会「駒木伝道

所」と呼ばれ、1936年(昭和11年)からは「大月聖教会」、1941年(昭和

16年)には「日本キリスト教団山梨都留教会」と改称されました。沼田牧師の後、

1991年(平成3年)に赴任された山城康雄牧師が「大月新生教会」改称して以来

現在に至っています。今朝も講壇の前には沼田うめの牧師(1991年88歳召天)、

天野一男兄(2009年92歳召天)、舩戸節子姉(2010年70歳召天)、山城

康雄牧師(2013年75歳召天)の遺影が並んでいます。その時々の牧師、信徒の

方々のお働きにあらためて主の御前で感謝したいと思います。

 今朝の礼拝説教の題「自由な人々の列」は詩編113編5~8節に由来するもので

す。「自由な人々の列に返してくださる」とはどういう意味でしょうか。それは7節

によれば「弱い者を塵の中から起こし、乏しい者を芥の中から高く上げてくださる」

ということです。11万円もする新発売のスマホに群がる豊かな人々には見えません

が、現代社会にも「弱い者、乏しい者」は大勢おり、最近では増加しています。「讃

美歌21」424番では「美しい大地は神からの貴い贈り物。しかし種まく者が飢え、

刈り取る者が痩せ、紡ぐ者がふるえ、むさぼる者が富む」という厳しい現実をうたっ

ています。439番では「従順を強いられて、ただ家を守る女。耐え忍ぶ場を離れ、

聴き、考え、語りなさい」と女性を励ましています。旧約聖書の中には結婚しても子

どもが生まれず周囲の冷たい視線に耐えてきた女性が何人もいます。のちには預言者

サムエルの母となったハンナもそのひとりです。そしてそのようなみじめな境遇は、

当時パレスチナ地方の弱小国であったイスラエルの立場を象徴していました。

 けれども神の救いの手は必ずしも超自然的な奇跡を通して差し伸べられるのではな

く、神を信じる人々の手を通してなされてきました。明治時代に「一等国」になろう

として「殖産興業、富国強兵」に突っ走った日本政府の目には見えなかった「人間教

育」「女子教育」をアメリカなどの宣教師や日本人キリスト者が実践してきました。

山梨県でいえば甲府のミッションスクール山梨英和学院がそうです。

 詩編でいう「自由な人々の列に返してくださる」とは、それまで何の権利も持たな

かった「弱い人々、乏しい人々」に市民権が与えられてれっきとした生活の基盤を与

えられるということです。プロ野球などで時々ある選手が「戦力外」の通知を受ける

ことがあります。何とくやしいことでしょうか。逆に、「正選手、スターティング・

メンバー、ローテーション」に組み込まれることは何と嬉しいことでしょうか。私自

身、定年間近の教員生活で校長から「戦力外」の扱いをうけました。ところが上野原

に転居したところ、地元の人々から期待されて2年目に副区長、4年目には区長、そ

の後は民生委員や社会福祉協議会理事などを歴任しました。嬉しくと嬉しくて大活躍

しました。

 説教を準備していてこの詩編の「自由な人々の列」というフレーズを見てすぐ思い

出したのはアメリカのローレンス・ブロックが書いた「死者の長い列」という探偵小

説でした。主人公は落ちぶれたアルコール依存症でもぐりの私立探偵マット・スカダ

ーです。ときどきニューヨーク市内の断酒集会(AAつまりアルコホリック・アノニ

マスのミーテイング)に出席します。私は現在、山梨ダルク(甲府)という依存症リ

ハビリ団体の支援会運営委員ですが、AAという言葉を覚えたのもこの小説からでし

た。「死者の長い列」という書名は主人公がかかわってきた数々の殺人事件の被害者

のことですが、私にとっての「自由な人々の列」とは旧約聖書の族長アブラハム、イ

サク、ヤコブと続くイスラエル民族の先祖たちの波乱万丈の人生でした。その族長た

ちが死ぬとき、聖書には決まり文句が出てきます。それは「アブラハムは長寿を全う

して息を引き取り、満ち足りて死に先祖の列に加えられた」という表現です。そして

私たち神を信じる者もまた、民族こそ異なりますがアブラハム、イサク、ヤコブとい

う同じ神ヤハウェを信じる「神の民の列」に加わっているのです。

    *****

 

***  次の日曜日は大月新生教会の永眠者記念礼拝です

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年11月 2日(木)07時32分47秒
編集済
           *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原は一段と寒くなりましたが、良い天気の朝

を迎えています。昨日の午後は、頼まれて柿の実の収穫に行ってきました。自転車に脚

立と高枝バサミを縛り付けると、私は自転車に乗れなくなりました。しかたなく自転車

をころがしながら県道を下っていきました。30分後に高橋兄の留守宅に着き、脚立を

置いて郵便局に向かい、大月新生教会の永眠者記念礼拝の案内はがきを50枚買いまし

た。ふたたび高橋宅にもどると、老人クラブ仲間が不動産屋と一緒に、高橋宅の査定に

来ました。この家は先日、私の友人が買いたいというので高橋姉が東京から来て見分に

立ち会ってもらいましたが、残念ながら契約は成立しませんでした。

 柿の収穫は脚立や高枝ばさみだけでは間に合わず、最後は私が柿の木に登って100

個ほど収穫しました。鳥や虫に食べられたり、熟柿になった者を除いた大半を取り入れ

ることができました。大きな袋二つにずっしりとあったので持ち帰るのをやめ、家の裏

に置いてきました。帰りはやはり脚立と高枝バサミをしばりつけましたが、工夫して自

分も乗れるようにしましたが、たっぷり1時間かかったのでさすがに疲れました。

 帰宅してから、大月新生教会の永眠者記念礼拝の案内をパソコンで編集して40枚ほ

ど印刷しました。このところ用事が目白押しでしたが、何とか間に合いました。

          *****



 

***  りんどうの里美術展も今日がいよいよ最終日です

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年10月31日(火)07時33分2秒
編集済
              *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原は晴天ですが、寒い朝を迎えています。

昨日は上野原市りんどうの里美術展の受付当番の日でした。2回目で、今日の最終日

は3回目の当番となります。昨日は午後の当番でしたが、出品者の一人の画家と同席

でした。午後1時から4時30分までの3時間半を60代の彼から芸術論、文化論、

社会論を聞くことが出来ました。私は絵の方はまるきりだめですが、自分の教員生活

を話しながら何とか話し相手をすることができました。その中で、ピカソは幼時から

天才教育を受けたせいかその作品には「自分」がない、「体温」を感じられないとい

う意外な話を聞きました。それとは対照的にゴッホにはそれがあるそうです。

 今週の予定は11月5日(日)の大月新生教会の永眠者記念礼拝の案内はがきを出

すことと、東京の足立区小台に住む老人クラブ仲間から頼まれた上野原の鶴島留守宅

の柿を取り入れて老人クラブ仲間に配達することです。キリスト教社会福祉フォーラ

ムやりんどうの里美術展の準備や台風の襲来でかなり取り入れが遅れて、熟柿となっ

て鳥に食べられているものもありますが、何とか50~60個ほどを明日には収穫し

て11月3日(金・祝)の島田桂生会グラウンド・ゴルフに集まる仲間20人程に配

る予定です。この日には新しいプリンターが届きます。これまで2台を修理しながら

自宅と教会を回しながら使ってきましたが、修理費と安物の新品とがほぼ同じですの

で購入に踏み切りました。もはやパソコンやプリンターは使い捨ての感覚になってい

ます。それほどに酷使していることになります。


           *****
 

*** 足立区の愛恵学園同窓会に行ってきました

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年10月20日(金)07時38分34秒
編集済
         *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原は連日の雨降りです。数羽の小鳥たちも

お腹がすいているのか、雨の中、刈り入れの終わった田んぼにこぼれた米粒を一生懸

命ついばんでいます。今日の午後は来週開幕の上野原市りんどうの里美術展の参加者

プロフィール集の編集最終段階の打ち合わせのため、長坂幸夫会長と共に市役所の印

刷担当者と会います。直前まで作品制作中の人もあり、発行は来週になりそうです。

 昨日10月19日(木)は雨の中、足立区の関原住区センター内にあるペイン記念

館で開催される愛恵学園同窓会に出席しました。この会は、今から50年程前、私が

東京神学大学の学生だったころ、2年間にわたり日曜午後、足立区関原にあった財団

法人愛恵学園で出会った中学生、高校生、卒業生、職員の方々の同窓会で現在は「野

比の会」と呼ばれています。そのころ三浦半島野比にあった愛恵学園のキャンプ施設

にちなんだ名前です。当時の青年達もたいていは60代となりましたが、それぞれに

懐かしい面影を保っていました。当時は日曜日の夕食をはさんで、その前には中学生

の礼拝・分級があり、夕食後には高校生の礼拝・分級があり、それぞれ30人ほどが

集まっていました。当時わたしは4年生でしたが、日頃不愛想な大学院の上級生が愛

想良く近づいてきて、卒業後の自分の後釜にわたしを選んだのです。

 やがて中高生やオービーとも仲良くなり、キリスト教施設なのにグラウンドにやぐ

らを組んで盆踊りをしたこともあります。当時、新宿区高田馬場に住んでいた私は、

浴衣と下駄を抱えて地下鉄に乗り、足立区の愛恵学園まで出かけました。また、OB

たちのために社交ダンス教室も開設しました。何とわたしは女性恐怖症を克服するた

めに社交ダンス教室に通ったこともあり、英文科の同級生に誘われて信濃町の大規模

な社交ダンス愛好会「水曜会」に通ってもいました。明治学院大学の学生ホールで開

催された社交ダンス大会にもクラブの女子学生をエスコートして出たことがあります。

その時はまだダンスを習いたてだったので、教習所で教わった通りのバリエーション

で混雑するホール内で静かに揺れ合っている数多くのカップルをかき分けかき分け踊

りました。後から友達から「お前はずいぶん派手に動き回っていたなあ」とひやかさ

れました。本当なら、ステップを変えながらホールの空いた空間へと移動すれば良か

ったのですが、単細胞な私にはそのことに気がつかなかったのでした。その時の彼女

は女社長となりましたが、浴衣と下駄をかかえて愛恵学園の盆踊りに行く途中の地下

鉄の中でばったり会ったこともありました。現在は北海道の富良野に年若い夫と幸せ

に暮しています。数年前は富良野を訪問して泊めてもらい、連続放送のテレビドラマ

「北の国から」の撮影現場を御夫婦で案内してもらいました。そのドラマは見てなか

ったので、帰宅後、DVDを探して全部見て、ようやく案内してもらったドラマの舞

台の意味が分かったのでした。

 愛恵学園の同窓会で再会した牧師は、神学生時代一緒に礼拝を担当していた坂上三

男牧師(長らく逗子教会牧師で、その後、青山学院中学高校の宗教主任でした)と、

わたしが無資格で就任する前に目黒の行人坂教会副牧師だった石丸泰樹牧師(坂上牧

師の前任者で長らく青山学院中学高校の宗教主任)でした。石丸牧師は南米ボリビア

の宣教師として6年間赴任したこともある方です。もう一人の牧師はあまり面識はあ

りませんでしたが神学校の先輩でした。この日の同窓会では開会礼拝の説教者として

大阪から参加した牧師です。この日まで彼は精神的な落ち込みがひどく、説教が出来

なくなった牧師(そんなことがあるものでしょうか)として数年間近隣の教会の牧師

の応援を受けていた方です。この日は数年ぶりの説教で、いきいきと思い出話をして

いました。何人もいる歴代の優秀な神学生の中でこの牧師は抜群の人気がありますが

このようなその人柄の故なのでしょうか。ちなみに、私を愛恵学園に誘ってくれた先

輩は卒業と同時に職員である女性主事と結婚したので、愛恵学園の男性卒業生からい

ちばん恨まれて(?)いました。神学生のうちでは私の人気は2番目くらいでした。

 11時から午後4時までの同窓会は名残を惜しみながら解散となり、私はその足で

上野原から足立区小台に転居した老人クラブの夫婦を訪問しました。雨の中だったの

で流しのタクシーを拾って荒川にかかる西新井橋を渡って尾久橋スカイハイツという

大きなアパートの4階に住む夫婦を突然訪問したので驚いていました。1時間ほどで

辞去して、無人運転の舎人ライナーで日暮里駅に出て、東京駅から大月直通の中央線

で夕方7時30分に帰宅しました。出る時は北千住経由で中央線、常磐線、東急伊勢

崎線などの乗り継ぎが7回もあり3時間半かかりましたが、帰りは乗り継ぎは2回だ

けだつたせいか2時間で帰ることが出来ました。

          *****

 

***  今日から大月新生教会の月曜礼拝が始まります

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年10月16日(月)07時20分12秒
編集済
               *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原は雨の朝です。先週は仕事待ちで暇でしたが、

今週はいろいろと忙しくなりそうです。まず、今日の午後2時から大月新生教会の月曜礼

拝が始まります。毎月1回だけですが、日曜に仕事のある方々数名の為に始めます。もと

もと妻の強い要望でした。月曜定休日の理容室(教会員)とレストラン(求道者夫妻)を

中心に、スナックのママさん、喫茶店の経営者(いずれも数十年前の求道者だった人々)

がこれから来てくれそうです。そのひとりの男性を、昨日の礼拝後、夫婦で訪問してしば

らくおしゃべりしてきました。それぞれはかつての知り合いだったようです。今日の第1

回月曜礼拝は多分5~6名になるかもしれません。初心者向けのイエス伝を話す予定です

が、以前キリスト教学校で教えていた高校1年生用の聖書の教科書を使うつもりです。

 そのほか今週は、上野原市りんどうの里美術展(事務局・長坂幸夫代表)出品者10

数名の作品プロフィール集です。先週完成と錯覚していたので心配でしたが、昨日よう

やく作品画像と紹介原稿がほぼ集まったので、今日明日仕上げられそうです。

 今週10月19日(木)は東京都足立区住区センター内のペイン記念館で開催される

「野比の会」同窓会に出かけます。50年前、神学生だった時、毎週日曜午後、今は解

散しましたが戦前からあったキリスト教施設「愛恵学園」で中学生と高校生の礼拝を担

当していました。最後にはOBたちを相手に、敷地内にやぐらを組んで盆踊り(キリス

ト教施設なのに)をしたり、私が先生で社交ダンスの講習会をして好評でした。そのつ

いでには以前、上野原市島田地区の東区いきいきサロンの世話係を一緒にしていた高橋

夫妻を訪問するつもりです。数年前から足立区に住んでいて、一度訪問したこともあり

ます。

 来週10月23~24日(月~火)は東海教区社会部主催のキリスト教社会福祉フォ

ーラムが、初日は大月新生教会、二日目は市内のどんぐり牧場・めばえ福祉作業所で開

催されます。長野県、静岡県からの方を含めて20数名の集会です。私は地元協力者と

して実行委員会に協力しています。講師のどんぐり牧場経営者・横山文彦兄も先週無事

に退院したのでほっとしています。今週、来週と楽しい経験が沢山出来そうです。また

報告します。今日も一日、皆さんの上に主イエス・キリストの恵みが豊かにありますよ

うに祈ります。

    *****
 

*** 上野原市のりんどうの里美術展の実行委員になりました

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年10月10日(火)07時13分46秒
編集済
               *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原は素晴らしい秋晴れです。2階の書斎

の窓からはほとんど稲刈りの終わった田んぼが見えます。遠くには桂川(相模川)

越しに生藤山(しようとうさん)の穏やかな山容が見えます。10年前、我が家を

訪問して下さった群馬県の牧師が、「山もあまり目の前に迫っていると威圧感があ

りますが、ほとんで遠くに目の高さとあまり変わらない高さに見えるあの山なら親

しみが感じられますね」と語った言葉を時々思いだしています。

 一昨日の10月8日(日)午後、予定通り稲刈りをしました。子どもたちに呼び

かけたところ、東京の息子が来てくれました。この日の稲刈りは妻と息子と私で3

分の1を2時間ほど汗を流し、翌日10月9日(月)は妻と息子は朝9時ころ出か

け、私は体育の日にふさわしく素晴らしい天候の元、午前中は1時間30分、午後

は2時間ほど稲刈りをしました。残りの1時間ほどの作業は翌日ということにして

この日を終了しました。

 前後しますが、10月7日(土)は上野原市のりんどうの里美術館の実行委員会

が市役所の会議室で開催され、手伝ってほしいというので出席しました。午前9時

から10人ほどの委員が集まり1時間ほど10月24日(火)から31日(月)ま

でもみじホールで開催されるりんどうの里美術展の最終的な打ち合わせをしました。

プロフィールのパンフレットを担当する方が急病でできなくなったというので、親

しい委員長(昨年まで市老連会長)から頼まれたものです。委員には元議員さんも

ふたりいましたが、あとは初対面の方ばかりでした。

http://mitachi.life.coocan.jp

 

*** 同じ日に3回も会った西区の夫妻

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年10月 3日(火)11時24分23秒
編集済
           *****  *****

 全国の皆さん、お早うございます。上野原は朝方くもっていましたが、今はどんどん

晴れています。2階の書斎の窓から見える田圃は、台風18号に倒されて以来そのまま

で、その後、強い雨に何度か打たれて中央部はほとんど倒れています。もう稲刈りので

きる段階ですが、先週晴れの日が3日続いたので日曜日の午後に稲刈りのつもりでいま

したが、前日、教会の役員婦人からの電話があり、日曜日の午後、急遽、武蔵小金井の

病院に入院中の役員をお見舞いすることになりました。私一人のつもりでしたが、妻と

他の二人の役員も同行することになりました。

 ところで、10月1日(日)朝、大月新生教会の礼拝に出席する途中で、西区の御夫

婦とその日のうちに3回もであったという面白い経験をしました。最初は、その日に島

田小学校体育館で開催される島田地区敬老会に老人クラブ島田桂生会の会計として祝儀

を持参した折、小学校のグラウンドでご夫婦とすれ違いました。顔見知りでしたが名前

までは覚えていませんでした。お二人は東京の孫に会いに行くとのことでした。敬老会

の受付に祝儀を預けて上野原駅に行ったところ、フォームのベンチにお二人はいました。

そこまでは珍しくもありませんが、病院訪問も終り武蔵小金井から電車で帰ろうとした

ところ、その電車のすわった座席のとなりにまたその後夫妻がいたのには驚きました。

この日は都合3回も同じ人に出会ったことになります。

 礼拝後は愛餐会(昼食会)、役員会があったので、教会を出たのは2時ごろでした。

中央道を走っているうちに渋滞になり武蔵小金井の病院に着いたのは4時ころでした。

背骨の難病で入院した彼は先週水曜日に手術を受けていましたが、この日はもう起きて

いて足腰も機敏になっており私たちに傷跡さえ見せてくれました。カトリック教会が経

営する病院ですが、本人はこの病院理事会の監事でもあるせいかいろいろ厚遇されてい

るようです。私としては今月末の彼が経営するどんぐり牧場をテーマに開催される東海

教区キリスト教社会福祉フォーラムに支障がないかを心配していましたが大丈夫のよう

です。何しろフォーラムは彼の講演が中心ですから、それが出来なくなりはしないかと

私は危ぶんでいました。

 プログラムの中では、どんぐり牧場と芽生え作業所の責任者である二人の息子さんが

挨拶をしてくれることになっているので、それをきっかけにして、関係が疎遠のままの

大月新生教会との関係が深まればいいと願っています。病院へ行くときは5人が車にぎ

ゅう詰めでしたので、妻の希望もあり帰りは武蔵小金井から電車で帰ることになりまし

た。そしてあのご夫妻と今日3度目の出合いとなったわけです。

 10月2日(月)は山梨分区の牧師有志による神学研究会が甲府の愛宕町教会があり

出席しました。今回は4人でした。教理史研究の大家ハルナックの孫弟子で、東欧系の

アメリカの神学者ヤロスラフ・ペリカン著「キリスト教の伝統」教理発展の歴史の第1

巻、公同的伝統の出現(100~600年)を毎月数ページずつ読み合せては議論して

います。その内容は次のようなものです。


   第1章 福音の準備  真のイスラエル

              キリスト教と古典思想との論争  7月24日
                              8月28日
              神学の勝利           10月2日

              諸国民の期待

   第2章 主流の外側で 律法と福音の分離

              宇宙的贖いの体系

              新しい預言

              使徒的継続性の規範

   第3章 公同的教会の信仰

   第4章 三位一体の秘儀(父なる神とホモウシオスなキリスト)

   第5章 神・人の位格(キリストにおけるヒュポスタシスの統一の教理)

   第6章 自然と恵み

   第7章 正統的合意


 この本の第1巻は既に2度読み終わり、今は第2巻を読んでいますが、第一次資料(原

典)だけを駆使して展開する緻密な議論についていけない、あるいは興味を持てないとこ

ろが多く有ります。ちなみに私のいちばん関心があるのは「三位一体論」で、だいぶ前か

ら「三位一体論の射程」という神学論文のようなものを書いてきましたが結論が出せず完

成していません。

 私の家族は東京都新宿区にある日本ホーリネス教団東京聖書学院教会(現在は東京中央

教会)で家族ぐるみの教会生活を送っていました。私は考えるところがあって、東京神学

大学の学生の時、日本キリスト教団東京教区の美竹教会(主任牧師は平野保先生)に転入

会しました。そして改革派ベルコフ著「組織神学」を20年かけて原書を読み切りました

が、結論はどの神学者も一長一短であるようなので、改革派でもなくルター派でもなく、

メソジスト教会でもなく、純福音派でもなく、とにかく合同教会である日本キリスト教団

の教職としての歩みをしてきました。

 本書は諸教派の神学書とは異なって、2000年間のキリスト教会の大前提である「教

理」を視点にしていますので、新鮮な思いで読み進んでいます。著者であるルーテル派神

学者ペリカンは、その後、東方教会(ギリシア正教)に転籍したとのことで、なるほどと

思わされました。私にとっても新しい神学的な歩みが始まるかもしれません。

 それでは今日はこのへんで終わります。10月に入りました。皆さんの上に主イエス・

キリストの恵みが豊かにありますように祈ります。

      *****

【 写真 】 武蔵小金井の聖ヨハネ桜町病院の廊下に王安石の漢詩の額がありました。

 

***  修理に出していた大時計が戻ってきました

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年 9月29日(金)17時55分49秒
編集済
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 全国の皆さん、お元気ですか。今日は朝から良い天気で、妻は朝から出かけ、

藤沢教会時代の友人と新宿の京王デパートで待ち合わせています。私は午前中、

日曜日の説教の準備の勉強をして、午後はテレビドラマを見ていました。午後

3時ころ修理を頼んでおいた大時計が届き、階段の踊り場に掛けました。昨年、

近くの「ガラクタ市場」で手に入れたのですが、どうしても動かず、市街地の

時計屋に修理に出していたものです。

 先週9月21日(木)は2005年から9年間、民生委員をしていたころ、

島田地区民生委員協議会の月例会にはほとんど出席していろいろ情報を伝えて

もらっていた74歳で亡くなった主任児童委員の通夜に出かけました。本人以

上にご主人(上野原市教育委員長でした)も上野原市の有名人のせいか参列者

が数百人もいて、とても挨拶できる雰囲気ではなかったので香典を出すだけで

帰ってきました。

 9月22日(金)は10月に予定されている東海教区社会部主催キリスト教

社会福祉フォーラム「どんぐり牧場の視座から学ぶ」の最終的な準備のため静

岡県伊東市、長野県坂城町、富士吉田市から委員が大月新生教会に来訪しまし

た。こちらはどんぐり牧場の横山夫妻と私が同席しました。午前中いろいろ打

ち合わせをしてから、昼食後、宿舎となる大月市真木の金の森山荘と、見学予

定のどんぐり牧場、めばえ作業所の下見をしました。山荘は初めて行きました

が、敷地も広くなかなか立派な施設でした。

 9月24日(日)は大月新生教会の礼拝後、甲府の愛宕町教会で開催された

山梨分区委員会に出席しました。社会部とか婦人部とかいろいろあり、私は農

村伝道部の委員として活動報告をしました。

 9月25日(月)は身延線市川本町近くの市川教会で山梨分区教師会(牧師

会)があり出席しました。詳細は上野原ラブリ通信第804号をご覧ください。

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 10月1日(日)は島田地区敬老会がありますが、私が島田地区社会福祉協

議会の会長だった時までは敬老の日に開催されていましたが、新しい会長にな

ってからは日曜日になってしまったので、昨年せっかく75歳になって私も招

待されるようになりましたが、日曜日には教会に行かなければならない私は出

席できないのが残念です。

 それでは報告はこれくらいにして終ります。皆さんの上に主イエス・キリス

トの恵みが豊かにありますように祈ります。

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***  元上野原市主任児童委員の訃報を聞いて

 投稿者:井本克二  投稿日:2017年 9月21日(木)07時20分0秒
編集済
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 全国の皆さん、お早うございます。上野原は素晴らしい秋晴れの良い天気です。田圃の稲は

台風18号で倒れたままですが、そのままにしておいて10月8日(日)の稲刈りまで待ちま

す。草ぼうぼうだったネギ畑も大半は耕し直して白菜、キャベツ、ブロッコリーなどの苗を次

々と植えています。昨日午後も2時間かけて長い2うねを作りましから、また農協センターへ

行って苗を買ってきます。畝はあと3すじほどできそうですから、この秋は野菜が沢山出来ま

す。トマトとなすはまだ少しずつ成っています。

 一昨日の新聞を見ていたら、市内の元主任児童委員の名が訃報にありました。私より2歳若

い女性で、私が2004年12月から2013年11月までの9年間、上野原市島田地区民生

委員であったころ、主任児童委員(上野原市には3人いました)として月例会にはほとんど毎

回出席して、市内のこと県内のことなどの御自分が出席した様々な動きや幅広い情報を提供し

たてくれただけではなく、赤旗から聖教新聞まで目を通していて私たち島田地区8人の民生委

員を指導してくださいました。私ともう一人の民生委員と同じ2013年11月に主任児童委

員を辞任しています。74歳という最近では早すぎる死で残念です。長らく神奈川県千木良小

学校の先生であり、夫君も神奈川県桂北小学校の校長先生であったことを新聞の訃報で初めて

知りました。夫君とは上野原市教育委員会委員長の時、諸会合でお目にかかってもいました。

今晩夕方の通夜に列席する予定です。今年はその他にも、かつて島田コミュニティセンター建

築委員会で私は庶務会計をしたときの委員長(76歳、その直前は島田地区区長会の同じメン

バーでした)の訃報を聞き、またいつも老人クラブ島田桂生会の理事会や旅行で一緒だった女

性(92歳)の葬儀にも立ち会いましたが、古今集の「つひに行く道とはかねて聞きしかど昨

日今日とは思はざりしを」という在原業平の辞世の句を思い出しています。


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