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弘前:赤湯旅館と「湯屋50景」

 投稿者:るびー  投稿日:2015年 4月19日(日)05時40分8秒
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   昭和の終わりごろ、所属していた鉄道研究会の仲間が弘前は面白いという話をしていたので興味を持ち、北海道帰りに寄ってみたことがありました。三省堂書店が弘前に進出してきた時代だったと思います。駅前もまだ整備されてなく、今よりさらにレトロな洋風の建物も多くあって、本当に良い町でした。
 その時、撮ったのがアップした画像の赤湯旅館です。屋根が切れていて毎度のことながらまずい写真で失礼します。
 旅館兼業の銭湯のようです。旅館の玄関とは別に、映画の看板の裏側に男女別の銭湯の入り口があるようです。赤湯というくらいで鉄分を含む湯だと推測されます。入っておけばよかった。
もちろん、現存していなく、現在スーパーホテル弘前がその場所だそうです。「赤湯」の名残は、スーパーホテルの裏にある「赤湯とり蔵」なる蔵を再利用した鳥料理屋さんにあります。古い旅館でしたので蔵もあったのでしょう。
 さて、この赤湯旅館を思い出したのは、「湯屋50景」(今泉忠淳、水星社)なる写真集を手に入れたからです。ご存知の方もたくさんいらっしゃると思います。
 著者の今泉さんは弘前大学大学院医学研究科の先生のようですね。学生のころから弘前にいらっしゃったようで、今は無き弘前の銭湯の写真があと数葉ありました。写真は弘前に限らず、日本を縦断して、熊本(川尻)や長崎まで及んでいます。芸術的であることはもちろんのこと、現存しない建物も収録されていますので、記録としても貴重であると思います。


 
 

遅くなりましたが・・・

 投稿者:Atsu  投稿日:2015年 4月 6日(月)23時03分40秒
返信・引用
  名古屋の件の報告です。

結局大須を観光中に見付けた「仁王門湯」に入ってきました。
当日は雨であまり遠くに行くのは得策では無いと感じたので。

今月は山形に行きますが、県内唯一の銭湯は多分入れないかと思います。
帰りに福島の飯坂温泉に泊まりたいと計画しているので、何とか共同浴場
にも入れたらなと思います。

http://ameblo.jp/baycitythunders/

 

杵築の謎の銭湯(温泉?)

 投稿者:るびー  投稿日:2015年 4月 5日(日)18時33分37秒
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   もう十年くらいも前のことでしょうか。大分県の杵築の旧市街地を歩いていた時、こんな由緒ありげな石の柱を見つけました。「臥温泉」?とあります。名前からしてちょっと不思議です。周りにそれらしき建物もないし。
 本物の温泉なのか? しかし、温泉県と言いながらも、別府や山間部でない杵築の市街地ですので、関西の銭湯によくある「温泉」なのか?
 名鑑を調べてみますと、「臥」の字が臣に欠となっています。

 このことは頭の片隅にありまして、ふとしたきっかけから思い出して検索してみますと、こんなサイトが。杵築の市役所にお勤めの方の個人的サイトのようです。

http://ameblo.jp/ashigaru2009/entry-10549995072.html
 このサイトによると、画像はありませんが、どうも洋館の銭湯だったようです。名前は「臥温泉」とありますね。
しかし、見つけたのは、杵築の北の台地の市街地(佐野家なる史跡の旧家の前あたり)で、サイトの中にある場所とはちょっと違う気もするのですが。
ストリートビューで見てみても今は廃墟もないようですね。
 謎です。
 

Re: 煉瓦塀の銭湯

 投稿者:ナカムラ  投稿日:2015年 3月28日(土)09時48分51秒
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  > No.1140[元記事へ]

るびーさんへのお返事です。

貴重な写真をいつも有り難うございます。
行徳は歩いたことの無い街ですが、20数年前にはこんな純然たる地方的な風景があったんですね。

この写真の頃は社会に出たての頃で、日々カメラを携えていた学生時代のようには写真を撮っていませんでした。
銭湯はおろか10年近く全くの空白です。

過去を振り返っても仕方がないのですが、東京であっても、もっと撮影していればと感じた次第です。

和歌山の湯浅は布袋湯は別にしてもいい街でした。
以前は鉄道でも有田鉄道というのが走っていたんですね。




 

煉瓦塀の銭湯

 投稿者:るびー  投稿日:2015年 3月16日(月)22時47分20秒
返信・引用
  ご無沙汰しています。るびー です。

湯浅の布袋湯、素晴らしいでね
煉瓦塀でアーチ付とは

煉瓦塀関連でちょっと味のある銭湯を一つ
かつて千葉の行徳の旧道にあった「里の湯」という銭湯です。アーチはありませんが、立派な煉瓦塀を持っています。
1989年ごろの写真です。この時代にもかかわらず、隣に茅葺の建物がちょっと映っています。
ちょうど正面に立派な気があり、写真の腕と相まってまずい写真ですけれども。(かつてアップしたような気もしますけれど)

記録を見ますと男湯の浴室は(女湯も同じでしょうけれど)幅2間で中のカランの島はなく、計7人分カランがある小ぶりな銭湯でした。

このころ、まだ行徳地域にはこの里の湯も含めて5軒の銭湯があるのを確認しています。うち一軒は、つかささんのレポートにもあるように立派な和風建築の清水湯です。
また、亀の湯という、農家兼業の銭湯もありました。敷地の正面にオーナーのものと思われる住宅があり、陰に隠れるように立っている銭湯でした。(ほかに雪の湯?と古いビル銭湯の相之川湯)
東西線に乗って高架から行徳の町並みを見てみますと煙突がいくつか見えたものでした。

昭和44年の浴場銘鑑によると行徳支部として11軒もあったようですね。このほかにも市川支部の中に所在地が行徳の地名の銭湯が2軒ほどありました。
今はすべてなくなってしまったようですね。
 

Re: 今度名古屋行ってきます

 投稿者:ナカムラ  投稿日:2015年 3月14日(土)09時31分31秒
返信・引用
  > No.1138[元記事へ]

Atsuさんへのお返事です。

中京地区は古いものが沢山残っていますね。
銭湯も魅力的な銭湯が沢山あります。
小生も、次は中京地区かなと考えています。

無理して行くと楽しく無いし、さりとて多少無理してでも行かないと体験出来ないし。
何でもそうですが、何かやろうとするとエネルギーが要りますね。
焦らず弛まずをモットーにやっています。

ナカムラ


> 出張でも何でもありませんが。
>
> 来週初め辺りに名古屋泊まりとなるので、どこかしらの銭湯に入って
> みたいと思います。ホントは下之一色町の新元湯に行ってみたいので
> すが、営業時間の関係と土地に不案内な自分ではたどり着いても戻る
> のが大いに不安だったりします。多分熱田辺りが理想かなと思います。
 

今度名古屋行ってきます

 投稿者:Atsu  投稿日:2015年 3月 3日(火)04時14分31秒
返信・引用
  出張でも何でもありませんが。

来週初め辺りに名古屋泊まりとなるので、どこかしらの銭湯に入って
みたいと思います。ホントは下之一色町の新元湯に行ってみたいので
すが、営業時間の関係と土地に不案内な自分ではたどり着いても戻る
のが大いに不安だったりします。多分熱田辺りが理想かなと思います。

http://ameblo.jp/baycitythunders/

 

三井物産横浜支店倉庫

 投稿者: 旧三井物産横浜支店生糸倉庫  投稿日:2014年11月18日(火)20時50分16秒
返信・引用
  ナカムラさま、はじめまして。
ブログ、興味深く拝見させていただいております。
明治の終わりに建てられ、輸出用生糸の保管庫として近代日本の発展を支え、
関東大震災からの復興ではいち早く再稼働し、復興に多大な貢献をしたほか、
第二次大戦後はララ物資の倉庫として国民の命をも支えた旧三井物産横浜支店生糸倉庫。
現在、解体工事が進められています。
私たちは、この倉庫を次世代への財産として継承すべく活動をはじめました。
会のホームページを立ち上げましたので、ご興味がございましたらご笑覧くださいませ。<(_ _)>

http://silkwarehouse-045.jimdo.com/

 

Re: 第二日の出湯

 投稿者:ナカムラ  投稿日:2014年 9月15日(月)21時46分52秒
返信・引用
  > No.1135[元記事へ]

CAOさんへのお返事です。

蒲田の黒湯は香りがよくていいですね。
でも、確かにいい黒湯の銭湯がどんどん減っていますね。
第二日の出湯も遅い夕飯時という時間帯でしたが、客が少なくて驚きました。

生憎と男湯は露天風呂の無い日でしたが、相方は庭と露天風呂に驚き、喜んでいました。
安くて美味しい物が多い蒲田は楽しいですね。
 

第二日の出湯

 投稿者:CAO  投稿日:2014年 9月15日(月)15時15分22秒
返信・引用
   CAOと申します。久しぶりにお邪魔しまします。
 蒲田(第二日の出湯)に来られたのですね。この辺も、女塚浴場の廃業から、辰巳湯、池上温泉と廃業が続き、寂しくなりました。
 また機会がありましたら、蒲田の銭湯に入りに来てくださいね。
 

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