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Re: 銭湯ナイト

 投稿者:ナカムラ  投稿日:2017年10月 9日(月)11時19分28秒
返信・引用
  > No.1179[元記事へ]

M_Kubottaさんへのお返事です。


ご来場有り難うございました。

銭湯直接の話ではないため、ややニッチ過ぎるテーマかなと心配しておりました。
興味を持って頂けたとのこと。
ほっとしております。

焦らず、弛まず、何よりも楽しく銭湯を巡って行きたいと思っています。

引き続きよろしくお願いします。
 
 

銭湯ナイト

 投稿者:M_Kubotta  投稿日:2017年10月 8日(日)01時25分6秒
返信・引用
  本日(10/7)は、銭湯ナイトお疲れ様でした。
非常に濃ゆいイベントでした。
特に品川用水のお話は、存在なども認知はしていたものの、しっかりと歴史を踏まえてのお話は素晴らしく感銘致しました。
歴史的な視点のお話は非常に興味深く、これから足を運ぶ地への気持ちが改められる感覚で居ります。
今後とものご活躍を、改めてご祈念すると共に、自分自身の探求の気持ちを初心の気持ちのように絶倫で居たいとも思います。
 

熊本市川尻 機械湯

 投稿者:るびー  投稿日:2017年 8月22日(火)20時28分39秒
返信・引用
  > No.1177[元記事へ]

では、お言葉に甘えて、かつて熊本市の川尻にあった機械湯の写真をアップします
改めてみると、脱衣所と浴槽が同じ棟のようですね

相変わらず、下手な写真で申し訳ありませんが

> 川尻には富乃湯ともう一軒銭湯が営業しているようです。富乃湯の相客が教えてくれました。営業も不定期で、組合には入っていないのか検索しても良く分らないのですが。

ほう、まだもう一軒あるのですね
私も気になって調べましたが、わかりませんでした。
 

Re: 訂正

 投稿者:ナカムラ  投稿日:2017年 8月20日(日)15時44分42秒
返信・引用
  > No.1176[元記事へ]

るびーさんへ

メール有難うございます。サイトへのアップは相変わらず遅々として進まないのですが、それに関わらず、関連情報をここに書いてたり、写真を載せて頂いて構いません。小生の探訪記はストーリー性がある訳ではなし、“ネタバレ”ということもないので何の懸念もありません。

(るびーさんから頂いたメールは川尻の銭湯について示唆に富みますので、一部転載させて下さいね)

熊本市川尻の富乃湯のすぐ近くに機械湯という、こんな端正で素晴らしい銭湯があったのですね。2006年といえば、小生が地方へ足を延ばし始めた頃ですが、九州など思いもよらず、今回初めて知りました。有難うございました。ストリートビューで見ると、2016年の撮影でしたが、既に2階建の共同住宅に変わっていました。

川尻には富乃湯ともう一軒銭湯が営業しているようです。富乃湯の相客が教えてくれました。営業も不定期で、組合には入っていないのか検索しても良く分らないのですが。

(写真の転載まではやめましたが、機会があれば、当掲示板に”機械湯”の素晴らしい写真載せて頂ければ幸いです。)

会社はいつもカレンダー通りで、特にお盆休みというものはありません。スタッフ的が仕事なので、比較的自由に繁忙期を外して休みを取ることが出来るのが何よりです。昨今の働き方改革で、帰りも、有給も随分と取りやすくなりました。

「湯屋50景」を見直しました。
暖簾が掛った川尻の富乃湯がラストページだったんですね。

この本に載っている弘前の梅の湯が廃業してしまったようで残念です。あけぼの号で行きたいと思っていたのですが、どっちも無くなってしまいました。

交番にもご興味があるとのこと。戦前築の警察署や交番は味のある建物が多かったのですが、めっきり少なくなりましたね。

「東京私生活 冨山均(作品社、2000年)」に交番の項目があったかなと見直しましたが記憶違いだったようです。るびーさんに教えてもらった本でしたか、この本の視点は本当に小生のストライクゾーンと一致しています。無くなった風景には”消失”と記されているのですが、刊行から十数年を経て”消失風景”がだいぶ増えてしまっています。


(以下るびーさんのメール)
るびーです
いつも素敵な写真と文章で楽しませていただいております。お盆はいかがお過ごしでしょうか。遠征でしょうか?相変わらずの精力的な活動に敬意を表します。また、掲示板でのご返信ありがとうございます。
さて、熊本・川尻の富の湯にもいかれたとか。サイトにて、レポートのアップをされる前なので、メールにて失礼いたします。
ご存知ならば、まさに蛇足で読み飛ばしていただければと思いますが、数年前まで富の湯の他にきかい湯(銘鑑だと漢字の機械湯とあります)という銭湯が存在していました。
私が訪問したのは2006年でした。富の湯から200mも離れていない、県道50号線を過ぎた川尻4丁目14番の位置にありました。
銭湯の聖地?の神田のキカイ湯と同名ですね。
青いペンキ塗りの建物で洒落ています。この湯も外観を撮っていると、営業時間前でしたが、ご主人が出てきて、「中を見てみる?」と言っていただきましたので、中も見学。ご主人が、「うちは、かけ流しだから」とおっしゃっていました。温泉ではないのにおかしいなとは思ったのですが常に新しい湯を補給していて、清浄装置なしということでしょうか。浴室も、擬石・タイル貼りでおしゃれで、湯船の配置もちょっと面白い感じ。こちらの方はこのような配置が多いのでしょうか。添付ファイルの写真の中の細いチューブが供給用でしょうか。
この後、しばらくして廃業したようですが、確か廃業の夜はタレントの友近がきてテレビ中継がありました。その時、戦争中に受けた機銃掃射の跡があるともご主人がおっしゃっていました。
富の湯もその風情から魅かれたのですが、営業時間が来たらきかい湯に入りに行くとご主人に約束したもので、入浴の機会を逸しました。
数年後、鹿児島本線の川尻付近を通ることがあり、富の湯の煙突が見え、その存在を確認して安心したことがあります。ナカムラさんのご紹介で、今でも営業していることがわかり安心いたしました。その営業形態から、いつまで営業されるのか心配ですが。
富の湯。今泉さんの銭湯50景にも掲載されていますね。この方のバイタリティにも驚かされます。
川尻。かつての柔道家の木村正彦の出身地ですね。
 

訂正

 投稿者:るびー  投稿日:2017年 8月14日(月)22時43分53秒
返信・引用
  >  富岡市街の国道245号(旧道)を通るときに、この裏の市街地はどんな街並みだろうといつも思っていたのですが、想像通りの飲食店も多い昭和の街並みでした。

国道は245でなくて254号でしたね
 

富岡など

 投稿者:るびー  投稿日:2017年 8月14日(月)22時38分54秒
返信・引用
  > No.1174[元記事へ]

ナカムラさんへのお返事です。

こんばんは。るびー です。

> ホームページビルダーも相変わらず供給されているようなので当面は改変も可能なので、今はそのようなことは考えておりません。今は地方の銭湯の情報すら美しい写真付でツイッターやインスタグラムに流れてきて、本当に時代は変ったなぁと思っていますが、細々と続けていこうと思っています。

 ひとまず安心いたしました。
資料的にも大きな価値がると思っておりますので、勝手ながらよろしくお願いいたします。

 下仁田の駅の東側もよい雰囲気ですね。駅前食堂もそうですが、数年前に行った時には下仁田の路地に「玉突き屋」がまだありました。最近はポケットが主流のようですが、高校生の時に覚えた四つ玉が好きです。もちろん三つ玉ができるほどうまくありません。当時は、うまいおじさんたちがやっているのを見て、すげえと思っていました。
 数十年前には、下町の駅前にはたいてい一軒位「玉突き屋」があったんですがね。
 駅前食堂もそうですが、駅前食堂、玉突き屋(しゃれた店じゃなくて)など無くなったものが多いですね。
 ちなみに浅草の蛇骨湯の裏(というか表の国際通り側)にも「玉突き屋」がありました。蛇骨湯かつては国際通り側からも路地があって行けたはずです。
 銘鑑によると昭和42年のころにも下仁田には銭湯はなかったようですね。

 以前、富岡の大正湯に行った際には、国道の駅入り口の角にある、これもクラシックな飯島屋で串だんごを食べました。みたらしのしっかりと歯ごたえのあるおだんごです。あんみつも食べたかったのですが、寒天が無くなったとのこと。あんみつのリベンジは、これもレトロな富士屋でおこないました。
 お店の方から、「製糸場の見学ですか?」と聞かれたのですが、この街並みと、大正湯と答えました。そう言う観光もよいですねとのことでした。
 最近、放送された富岡をテーマとした「アド街」によると、昭和の商店街の再開発は止めたようですね。豊後高田の例もありますからね。
 富岡市街の国道245号(旧道)を通るときに、この裏の市街地はどんな街並みだろうといつも思っていたのですが、想像通りの飲食店も多い昭和の街並みでした。

 群馬伝統銭湯大全(抜井諒一著)に掲載の大島鉱泉も気になっています。


 

Re: 宮城の銭湯(その4 若柳町 千代の湯)

 投稿者:ナカムラ  投稿日:2017年 8月13日(日)09時33分5秒
返信・引用
  > No.1173[元記事へ]

るびーさんへのお返事です。

いつも貴重な銭湯の写真を見せていただいて有り難うございます。

> 私が最も心配していることです。杞憂なら良いのですが。
ホームページビルダーも相変わらず供給されているようなので当面は改変も可能なので、今はそのようなことは考えておりません。今は地方の銭湯の情報すら美しい写真付でツイッターやインスタグラムに流れてきて、本当に時代は変ったなぁと思っていますが、細々と続けていこうと思っています。

>岩瀬省治さんのサイト
そういったサイトがあったんですか。知りませんでした。拙サイトの膨大な情報も本ではどうにもならない類ですね。まっちゃんは、銭湯以外も刊行準備中とのことで、小生も食堂シリーズ(?)を期待しています。もう手許にありませんが、昔、”駅前食堂”のムック本がありましたね。しかし、駅前食堂も急速に減っている印象ですね。

先週、上信電鉄の乗り鉄がてら、下仁田、上州富岡(大正湯)に行ったのですが、ともにいい駅前食堂が残っていました。富岡駅前の「川崎屋食堂」で卵とじでもソースでもないカツ丼を食べたのですが、建物も含め、味、大将、女将さん、建物(外観)とも素晴らしい駅前食堂でした。

その日は、下仁田の赤線跡、富岡製糸場を駆け足で見て、富岡の大正湯に入って、川崎屋食堂で一杯というコースでした。

上信電鉄は初めてだったのですが、信州に抜けられなかった歴史、木造駅舎の数々、千平下仁田間の渓谷美など、なかなか楽しいローカル線でした。朝、10:00少し前に高崎駅に着いたのですが、丁度みなかみ号の運行日で、発車時の長い汽笛が聞こえてきました。SLには関わりのない世代ですが、いいものですね。郷愁を掻立てられます。

軽便鉄道も郷愁に満ちていていいですね。しかし、現役の軽便鉄道には西武のユネスコ村近くを走っていた線くらいでほとんど接したことがありません。写真集や廃線跡の本で見るくらいです。経済的に成り立たなくなると一気になくなります。その速度は銭湯以上ですね。
 

宮城の銭湯(その4 若柳町 千代の湯)

 投稿者:るびー  投稿日:2017年 8月 5日(土)09時03分54秒
返信・引用
   さて、千代の湯つながりでもう一つ。
 昭和50年代後半でしょうか、栗原電鉄(もちろん「くりはら田園鉄道」の前の時代ですね。気動車でなく電車が走っていた)を訪れた際に撮影しました。
てっきり、国鉄との乗りかえ駅の石越付近と思っていたのですが、銘鑑で調べてみますと車庫のあった若柳駅付近のようです。
 もちろん鉄道が目的でしたが、あまりの味のある様子に撮影したものと思います。特に建物に装飾らしきものはないのですが、なにかぐっとくるものがあったので撮ったのでしょう。昼の撮影ですので、現役かどうかわかりませんが、玄関の前の様子からは微妙な感じです。
 いまなら、わざわざ行っても入ってみたくなる風情です。
 

宮城の銭湯(その3 中新田町 千代の湯)

 投稿者:るびー  投稿日:2017年 8月 5日(土)08時14分44秒
返信・引用
  ナカムラさんへのお返事です。

すみません。また、間違ってエンターキー押してしまいました。
再送します

> 確かに“もっと早く初めていれば”と思ったことはありますが、住所以外の情報が全く無い時代に、地方都市ですら、さらにその外縁部まで訪れる気合い、時間、財力があったかと考えると、きっとそこまでの思いは無かっただろうと思っています。

 いやいや、日本全国の銭湯を巡られ、さらに詳細に記録を残されていることに敬服いたします。ナカムラさんの気が変わり、サイトを閉鎖してしまうということが、私が最も心配していることです。杞憂なら良いのですが。
 私の興味の及ぶところでは、温泉旅館に泊まり、食事も含めてレポートし続けていただいた岩瀬省治さんのサイトやかつての国鉄の列車編成を非常に詳細に網羅していた、資料的に価値のあるサイトも今ではみられなくなっていることがありますので。
 書籍化も希望するところですが、これだけの量の情報量は収められないでしょうね。やはり、サイトをずっと続けていただくことを希望したいですね。
 書籍化 「まっちゃん」さんの第三弾も期待するところです。激渋食堂シリーズも。

> 何回か電話帳だけで地方都市の銭湯を回ったことがありますが、苦労の割に“郷愁銭湯”にヒットする確率は低いものです。町田忍さんが凄いのは、ネットが無い時代に足で稼いでいる点です。町田さんと同時代に居たとしても自分は無理だったと思います。

 特に東北は、シンプルな銭湯が多いですからね。

> この掲示板を見て、銭湯ナイトを一緒にやっている方が、るびーさんに古い銭湯ライブラリーを銭湯ナイトで紹介してもらいましょうと打ち合わせの席で発言されていたことがあります。そんな、機会が訪れるといいですね。

 特に記録もとっていなく、対象の数も出尽くしている感もありますし、なにせ、大御所の方々の前でなんて、畏れ多く感じます。
 でも、ありがとうございます。

 さて、宮城の続きをば
 さきにご紹介した旧迫町佐沼の鶴乃湯のご主人から、中新田(なかにいだ)に千代の湯というすごく歴史の古い銭湯があると聞いていってみました。(どのくらいかは忘れました)
中新田は古川(現大崎市)に西方に位置します。かつては今の西古川駅から仙山線の北仙台付近まで仙台鉄道という長大軽便鉄道が通っていたので地名はピンときました。(仙台鉄道長大路線と言いましたが、末期は今の西古川と千代の湯のあった加美町3km程度の短小路線でした)
 意外と地味ですね。しかし、紺の暖簾に白抜き文字は老舗の風格とキリッとした印象を与えますね。銘鑑で住所を確認してグーグルアースで現地を見てみましたが、当然のことながら建物はないようです。まわりの風景もとっておけばよかった。
 

宮城の銭湯(その3 中新田町 千代の湯鶴乃湯)

 投稿者:るびー  投稿日:2017年 8月 5日(土)08時08分52秒
返信・引用
  > No.1170[元記事へ]

ナカムラさんへのお返事です。

> るびーさんへのお返事です。
>
> 登米の千鳥湯は10年ほど前に銭湯ML(銭湯仲間のメーリングリスト)で確かつかささんの探訪記が流れてきて“訪れたい!”と強く思ったものの、程なくして廃業してしまった記憶があります。
>
> 入口だけは何処かで写真を拝見しましたが、教えて頂いたリンクで、これまた惹かれるアプローチだったということを初めて知りました。さらに郡部の銭湯ですか。地方都市ですらなかなかなのに、その外縁部ともなれば本当に渋さの幅と深さは凄かったんでしょうね。
>
> 確かに“もっと早く初めていれば”と思ったことはありますが、住所以外の情報が全く無い時代に、地方都市ですら、さらにその外縁部まで訪れる気合い、時間、財力があったかと考えると、きっとそこまでの思いは無かっただろうと思っています。
>
> 何回か電話帳だけで地方都市の銭湯を回ったことがありますが、苦労の割に“郷愁銭湯”にヒットする確率は低いものです。町田忍さんが凄いのは、ネットが無い時代に足で稼いでいる点です。町田さんと同時代に居たとしても自分は無理だったと思います。
>
> るびーさんもネットが今のように発達していない時に、コツコツと訪れて写真を残されている。町田さんもカバー出来ていないうちに消えた銭湯の方が多いでしょうから、るびーさんの写真は極めて貴重です。
>
> この掲示板を見て、銭湯ナイトを一緒にやっている方が、るびーさんに古い銭湯ライブラリーを銭湯ナイトで紹介してもらいましょうと打ち合わせの席で発言されていたことがあります。そんな、機会が訪れるといいですね。
>
>
>
 

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