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あけましておめでとうございます

 投稿者:るびー  投稿日:2018年 1月 2日(火)09時40分18秒
返信・引用
  ナカムラさん
そして皆さま、あけましておめでとうございます
るびー です。今年もよろしくお願いいたします。

北関東の銭湯
やはり、古くからある栄えた町の銭湯は良いものがありますね。湊町系とは違った。
北関東といえば、少し前、BSで放送していた宮沢りえ主演の「湯を沸かすほどの熱い愛」をたまたま見ましたが、舞台が、足利の花の湯だったのですね。知りませんでした。作中では、たしか「幸の湯」でしたが。
前後して、松坂慶子主演の「死の棘」も見ましたが、南千住にあった大一湯が出てくると期待したのですが、岸部一徳が湯船につかっているシーンしかなく、ちょっと銭湯的視点から言うと、がっかりでした。もちろん、小栗カラーの、渋くて、良い映画でした。(他、「泥の河」しか見てませんが)
「送り人」も確か、鶴岡の「鶴乃湯」でしたね。
地方都市に泊まり、地元の銭湯に入ることが、かつてはありましたが、今は銭湯もだいぶ少なくなりました。最近は、温泉旅館泊りも多くなりました。

お正月の2日は、銭湯の朝湯が恒例で、午前中に開店の写真が撮れるので、朝からスクーターに乗って、東京を回った時期がありました。光線を気にする割に写真は下手ですが。
既出の写真かもしれませんが、台東区小島にあった姫の湯です。この地域は戦災での未焼失地域なので、戦前の建物かもしれません。確か、1990年頃の1月2日の撮影だったともいます。ベンツで乗り付け朝湯に入りに来ている人がいました。

追伸
大分の社宅にいたときに、社宅地域に住み着いた三毛猫がよく遊びに来ていました。
非常に人懐こい穏やかな猫で、膝の上に乗ってきたりして、配偶者ともどもかわいがっていました。
動物からでも信頼される心地よさを感じるのですから、人から信頼されることはもっと心地よいですよね。信頼される人にならなければいけないと猫から教わりました。

台東区小島 姫の湯
 
 

あけましておめでとうございます! Re: 銭湯の忘れ形見(妻沼町 錦浴場)

 投稿者:ナカムラ  投稿日:2018年 1月 1日(月)10時46分26秒
返信・引用
  るびーさんへのお返事です。

あけましておめでとうございます。

お返事が遅くなりました。
今年もよろしくお願いします。

旧聞になりますが、銭湯ナイトは盛会のうちに終えることが出来ました。ただ、最近は銭湯イベントも数多く、またSNSやリアル銭湯での交流も増え、銭湯ファンも分散している感じです。

かくゆう小生もイベントというより、群れずに町を歩き風呂に入って、気分良くなればそれで良いというタイプなので、今のスタンスでお手伝いするだけです。

北関東はいいですね。惹かれる町のなかに小さな銭湯がまだまだいくつも有ります。

昨年11月に、家に子猫がやって来ました。なかなか手がかかるので今までの様に遠くに遠征するのが難しくなるかもしれません。でも、知りませんでしたが頼ってくる子猫はかわいいものです。十条時代、近所の野良猫を気にかけて生活していましたが、それとはまた違った感じです。

東京の東側や千葉、北関東にまだまだ未訪の銭湯が多いので、廃業のペースには追いつけませんが、ゆっくりと回りたいと思います。

昨年は初訪問の銭湯が25軒。再訪の銭湯が延25軒。1年365日のうち50日、銭湯のおせわになりました。年々、鈍足になっていますが、仕事でも何でも無理はしないのをモットーにしています。

今年も、明るく、生き生き、元気良く。焦らず、しかし弛まず、心に余裕を持って進みたいとおもいます。サイトの更新は出来ていませんが。。。

今年も宜しくお願いします。
 

銭湯の忘れ形見(妻沼町 錦浴場)

 投稿者:るびー  投稿日:2017年12月24日(日)12時24分0秒
返信・引用
  ついでにもう一つ

 妻沼の錦浴場は聖天様の駐車場の脇にありまして、ここの湯は辛うじて廃業間際に入ったことがあります。施設はかなり老朽化していまして、カランを使用中、お湯だか水だかが止まらなくなってしまいました。番台にいた高齢のご婦人に伝えると、釜場からハンマーを持ったこれも高齢の男性が現れ、当たり前のようにカランを叩いて水を止めていました。茶飯事のことだったのでしょう。ちょっと、びっくりでした。
 その後、十数年後に、妻沼の聖天様にお参りで行ってみると、駐車場の脇に、錦浴場の脱衣場部がそのまま残っていました。浴室部分はないですが。
 正面玄関部の「錦浴場」のレリーフが良いですね。もうすでに、住宅して使用しているようで、正面からの写真が撮れなく、相変わらずの下手な写真ですがアップしておきます。
 「錦浴場」と書いてある、行灯看板付きの街灯もまだ残っていました。
 

銭湯の忘れ形見(旧尾島町 亀乃湯)

 投稿者:るびー  投稿日:2017年12月24日(日)12時00分47秒
返信・引用
  こんにちは。るびー です。
銭湯ナイト、今年も残念ながら、行けませんでした。少しの勇気と調整力があればと思います。
さて、今は無き銭湯の思い出と名残をば。

もう、ふた昔以上も前にもなりましょうか、実家のある墨田区本所から群馬県の伊勢崎まで良く遊びに行くことがありました。その帰り道の経路にある銭湯はチェックしておきました。
伊勢崎には第一えびす湯(廃業)、寿美の湯(その他にも、広瀬川の新開橋の前橋寄りに広瀬川温泉という昭和のヘルスセンター様の施設があったが早くに廃業 気になっていたのですが)
旧境町には桜湯
旧尾島町には亀乃湯(廃業)
旧妻沼町には錦浴場(廃業)
熊谷市には喜美の湯(廃業)、朝日湯、見晴湯他
行田市の柳の湯(廃業)他  等々

その中でも、旧尾島町の亀乃湯は、現役当時の印象としては木造の地味な建物で、奇しくも同名の那珂湊の亀の湯よりも入るのに勇気が要る感じでした。午後9時過ぎに通ると、中の灯りは点いているものの、明らかに営業終了の気配で、今度こそと思っているうちにいつの間にか廃業していました。後継者と建物の寿命という物理的問題もあったのでしょう。
当時、太田に学生の時の先輩がいて、寮の風呂が壊れたので、入り行ったことがあったが、何しろ凄かった(何が?)という話も聞いたことがありました。
 その後、日中にかつて亀乃湯のあった場所(メインストリートから一本南側の道)を訪れてみましたが、建物はすでになく、「公衆浴場 亀乃湯」と記された行灯看板の付いた街頭だけ残っていました。こういうのも寂しいものですね。建物の写真を撮っておけばよかったと思います。
 

Re: 銭湯ナイト

 投稿者:ナカムラ  投稿日:2017年10月 9日(月)11時19分28秒
返信・引用
  > No.1179[元記事へ]

M_Kubottaさんへのお返事です。


ご来場有り難うございました。

銭湯直接の話ではないため、ややニッチ過ぎるテーマかなと心配しておりました。
興味を持って頂けたとのこと。
ほっとしております。

焦らず、弛まず、何よりも楽しく銭湯を巡って行きたいと思っています。

引き続きよろしくお願いします。
 

銭湯ナイト

 投稿者:M_Kubotta  投稿日:2017年10月 8日(日)01時25分6秒
返信・引用
  本日(10/7)は、銭湯ナイトお疲れ様でした。
非常に濃ゆいイベントでした。
特に品川用水のお話は、存在なども認知はしていたものの、しっかりと歴史を踏まえてのお話は素晴らしく感銘致しました。
歴史的な視点のお話は非常に興味深く、これから足を運ぶ地への気持ちが改められる感覚で居ります。
今後とものご活躍を、改めてご祈念すると共に、自分自身の探求の気持ちを初心の気持ちのように絶倫で居たいとも思います。
 

熊本市川尻 機械湯

 投稿者:るびー  投稿日:2017年 8月22日(火)20時28分39秒
返信・引用
  > No.1177[元記事へ]

では、お言葉に甘えて、かつて熊本市の川尻にあった機械湯の写真をアップします
改めてみると、脱衣所と浴槽が同じ棟のようですね

相変わらず、下手な写真で申し訳ありませんが

> 川尻には富乃湯ともう一軒銭湯が営業しているようです。富乃湯の相客が教えてくれました。営業も不定期で、組合には入っていないのか検索しても良く分らないのですが。

ほう、まだもう一軒あるのですね
私も気になって調べましたが、わかりませんでした。
 

Re: 訂正

 投稿者:ナカムラ  投稿日:2017年 8月20日(日)15時44分42秒
返信・引用
  > No.1176[元記事へ]

るびーさんへ

メール有難うございます。サイトへのアップは相変わらず遅々として進まないのですが、それに関わらず、関連情報をここに書いてたり、写真を載せて頂いて構いません。小生の探訪記はストーリー性がある訳ではなし、“ネタバレ”ということもないので何の懸念もありません。

(るびーさんから頂いたメールは川尻の銭湯について示唆に富みますので、一部転載させて下さいね)

熊本市川尻の富乃湯のすぐ近くに機械湯という、こんな端正で素晴らしい銭湯があったのですね。2006年といえば、小生が地方へ足を延ばし始めた頃ですが、九州など思いもよらず、今回初めて知りました。有難うございました。ストリートビューで見ると、2016年の撮影でしたが、既に2階建の共同住宅に変わっていました。

川尻には富乃湯ともう一軒銭湯が営業しているようです。富乃湯の相客が教えてくれました。営業も不定期で、組合には入っていないのか検索しても良く分らないのですが。

(写真の転載まではやめましたが、機会があれば、当掲示板に”機械湯”の素晴らしい写真載せて頂ければ幸いです。)

会社はいつもカレンダー通りで、特にお盆休みというものはありません。スタッフ的が仕事なので、比較的自由に繁忙期を外して休みを取ることが出来るのが何よりです。昨今の働き方改革で、帰りも、有給も随分と取りやすくなりました。

「湯屋50景」を見直しました。
暖簾が掛った川尻の富乃湯がラストページだったんですね。

この本に載っている弘前の梅の湯が廃業してしまったようで残念です。あけぼの号で行きたいと思っていたのですが、どっちも無くなってしまいました。

交番にもご興味があるとのこと。戦前築の警察署や交番は味のある建物が多かったのですが、めっきり少なくなりましたね。

「東京私生活 冨山均(作品社、2000年)」に交番の項目があったかなと見直しましたが記憶違いだったようです。るびーさんに教えてもらった本でしたか、この本の視点は本当に小生のストライクゾーンと一致しています。無くなった風景には”消失”と記されているのですが、刊行から十数年を経て”消失風景”がだいぶ増えてしまっています。


(以下るびーさんのメール)
るびーです
いつも素敵な写真と文章で楽しませていただいております。お盆はいかがお過ごしでしょうか。遠征でしょうか?相変わらずの精力的な活動に敬意を表します。また、掲示板でのご返信ありがとうございます。
さて、熊本・川尻の富の湯にもいかれたとか。サイトにて、レポートのアップをされる前なので、メールにて失礼いたします。
ご存知ならば、まさに蛇足で読み飛ばしていただければと思いますが、数年前まで富の湯の他にきかい湯(銘鑑だと漢字の機械湯とあります)という銭湯が存在していました。
私が訪問したのは2006年でした。富の湯から200mも離れていない、県道50号線を過ぎた川尻4丁目14番の位置にありました。
銭湯の聖地?の神田のキカイ湯と同名ですね。
青いペンキ塗りの建物で洒落ています。この湯も外観を撮っていると、営業時間前でしたが、ご主人が出てきて、「中を見てみる?」と言っていただきましたので、中も見学。ご主人が、「うちは、かけ流しだから」とおっしゃっていました。温泉ではないのにおかしいなとは思ったのですが常に新しい湯を補給していて、清浄装置なしということでしょうか。浴室も、擬石・タイル貼りでおしゃれで、湯船の配置もちょっと面白い感じ。こちらの方はこのような配置が多いのでしょうか。添付ファイルの写真の中の細いチューブが供給用でしょうか。
この後、しばらくして廃業したようですが、確か廃業の夜はタレントの友近がきてテレビ中継がありました。その時、戦争中に受けた機銃掃射の跡があるともご主人がおっしゃっていました。
富の湯もその風情から魅かれたのですが、営業時間が来たらきかい湯に入りに行くとご主人に約束したもので、入浴の機会を逸しました。
数年後、鹿児島本線の川尻付近を通ることがあり、富の湯の煙突が見え、その存在を確認して安心したことがあります。ナカムラさんのご紹介で、今でも営業していることがわかり安心いたしました。その営業形態から、いつまで営業されるのか心配ですが。
富の湯。今泉さんの銭湯50景にも掲載されていますね。この方のバイタリティにも驚かされます。
川尻。かつての柔道家の木村正彦の出身地ですね。
 

訂正

 投稿者:るびー  投稿日:2017年 8月14日(月)22時43分53秒
返信・引用
  >  富岡市街の国道245号(旧道)を通るときに、この裏の市街地はどんな街並みだろうといつも思っていたのですが、想像通りの飲食店も多い昭和の街並みでした。

国道は245でなくて254号でしたね
 

富岡など

 投稿者:るびー  投稿日:2017年 8月14日(月)22時38分54秒
返信・引用
  > No.1174[元記事へ]

ナカムラさんへのお返事です。

こんばんは。るびー です。

> ホームページビルダーも相変わらず供給されているようなので当面は改変も可能なので、今はそのようなことは考えておりません。今は地方の銭湯の情報すら美しい写真付でツイッターやインスタグラムに流れてきて、本当に時代は変ったなぁと思っていますが、細々と続けていこうと思っています。

 ひとまず安心いたしました。
資料的にも大きな価値がると思っておりますので、勝手ながらよろしくお願いいたします。

 下仁田の駅の東側もよい雰囲気ですね。駅前食堂もそうですが、数年前に行った時には下仁田の路地に「玉突き屋」がまだありました。最近はポケットが主流のようですが、高校生の時に覚えた四つ玉が好きです。もちろん三つ玉ができるほどうまくありません。当時は、うまいおじさんたちがやっているのを見て、すげえと思っていました。
 数十年前には、下町の駅前にはたいてい一軒位「玉突き屋」があったんですがね。
 駅前食堂もそうですが、駅前食堂、玉突き屋(しゃれた店じゃなくて)など無くなったものが多いですね。
 ちなみに浅草の蛇骨湯の裏(というか表の国際通り側)にも「玉突き屋」がありました。蛇骨湯かつては国際通り側からも路地があって行けたはずです。
 銘鑑によると昭和42年のころにも下仁田には銭湯はなかったようですね。

 以前、富岡の大正湯に行った際には、国道の駅入り口の角にある、これもクラシックな飯島屋で串だんごを食べました。みたらしのしっかりと歯ごたえのあるおだんごです。あんみつも食べたかったのですが、寒天が無くなったとのこと。あんみつのリベンジは、これもレトロな富士屋でおこないました。
 お店の方から、「製糸場の見学ですか?」と聞かれたのですが、この街並みと、大正湯と答えました。そう言う観光もよいですねとのことでした。
 最近、放送された富岡をテーマとした「アド街」によると、昭和の商店街の再開発は止めたようですね。豊後高田の例もありますからね。
 富岡市街の国道245号(旧道)を通るときに、この裏の市街地はどんな街並みだろうといつも思っていたのですが、想像通りの飲食店も多い昭和の街並みでした。

 群馬伝統銭湯大全(抜井諒一著)に掲載の大島鉱泉も気になっています。


 

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